デザートに抜糸を

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Mr.世界(デザートに抜糸を)

僕の愛犬が手術をした。
幸い経過は順調で、めでたく抜糸となった。
そのお祝いに、抜糸を食べよう、ということになった。
 
抜きとった糸を獣医さんからもらってきて、ソバツユでもかけて食べよう、というわけではない。
抜糸、という食べものがあるのだ。
 
中国料理のデザートで、中国語では「抜絲」と書き、「バースー」と読む(中国語には「糸」という字はない)。
バナナ(中国語で香蕉)、イモ(地瓜や紅薯)、りんご(蘋果)などの種類があって、これらの材料を軽く揚げ、砂糖を溶かした熱い飴で包んだものだ。
できたての熱ーいうち、飴がトロトロしているうちにテーブルに運ばれる。
同時に氷水が入ったボウルもやってくる。
そして衆目監視のなかで、ウェイターがトロトロしたやつを皿から箸でとり上げると、ピザのチーズのように、すーっと飴が糸をひく。これが、「抜絲」という名のユエンである。
 
これを氷水の中に投入する。
すぐさま各人の皿にとりわける。
氷水の中で冷やされることによって、飴が糸をひいた状態のまま固まる。
中のグはアツアツ、バナナやリンゴはとろけている。イモもホクホクだ。
外側の飴がカリカリとして、その対比がすっごく楽しい。
 
うーん、それって、どこかで食べたことある、と思うでしょう?
そう、大学イモです。
日本の大学イモは、この抜糸を手本にして、ゴマをまぶしたりして、日本風にモディファイしたものらしい。どこかの大学の門前で、学生相手に屋台を出したのがその名の由来ということだ。
 
抜糸のほうが飴の分量が多い。
そして、僕にいわせると、イモよりも、バナナやリンゴのほうがおいしい。
なぜなら、バナナやリンゴのほうがトロトロして、カリカリした飴とことさらよくマッチする。イモよりも腹にこたえないのもいい。
 
さて、この抜糸なるもの、チャイニーズレストランなら、どこにいっても食べられるかというと、そうではない。
むしろ、みつけるのはかなりむずかしいといえる。
 
中国でも主に山東地方の料理であるから、まず山東レストランを探さなくてはならない。
山東料理というのは、北京料理のベースになった料理でもあるが、山東省からは、多くのひとたちが中国の内戦を逃れて、海峡を渡って朝鮮半島に移った。
そのため、韓国の中華料理というのは山東料理がほとんどで、アメリカでもコリアタウンなど、韓国人の多くいる地域にいくと多くあるスタイルである。
メニューにハングルが書いてあり、店の人もお客と韓国語で話しているが、韓国人ではなく、中国人なのである。
 
日本にもあって、僕がちいさいころ家族でよくいった中華料理店では、父親がデザートにとってくれる抜糸がとても楽しみだったのを思い出す。
しばらく食べないと、ときどき糸しくなる食べものである。
 
(2009年8月1日号掲載)

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