前回はプティフールについて書いたが、その対をなすのがアミューズだ。
いずれも、メニューにはのっていない、いわばサプライズ。フランス料理における、食事のいちばん最初と最後をかざる演出である。
アミューズは、正確にはアミューズ・ブーシュ(amuse-bouche) またはアミューズ・ギュール(amuse-gueule)という。
アミューズとは、英語のamuseと同じく、「楽しませる」。boucheは人間の口。gueuleは動物の口のこと(そのばあいはちょっとふざけているわけですね)。「口を楽しませるもの」という意味だ。
ちょっと高級なフレンチ・レストラン。テーブルにつくと、すぐにメニューをもってくるなんていう野暮なことはしない。まずはアペリティーフ(食前酒)を聞きに来る。
それが到着するころに、このアミューズも登場するのだ。
アペリティーフ、白ワインでもいい。ゆっくりと飲み、同伴者と会話を楽しんで、アミューズを時間をかけながら食べる。
シェフが、その磨いた料理の技を集約して、手間と時間をかけた、いくつかの、小さいアペタイザーたちである。
その多くは野菜やシーフード、たまごなどの軽い食材を、繊細な味つけで調理してある。
見た目も美しいように作ってあるから、出てきたとたんに「ワーオ」なんていう声もでてしまう。
これからはじまる壮大で華麗な食事への期待が、否が応にも高まってくる。 …うーん、これって、どこか他で似た経験した覚えがないですか?
そう、日本の会席料理。
コースのいちばん最初にでてくる、「先付」。あれも見た目がとても美しく、そのときの「季」のテーマがみごとに凝縮されて演出されている。
どちらもさながらオペラのプレリュードだ。
そして、その突き出しををフランス料理に取り入れたものが、アミューズなのである。
僕がフランスでミシェランの星付きレストランの食べ歩きをはじめたのは、80年代はじめ。そのころ、フランスでは何が起こっていたかというと、ちょうどヌベールキュジーヌが盛んになってきていた。
ヌベールキュジーヌというのは、じつは思いっきり日本食の影響なのだ。
当時、フランスの一流シェフたちがこぞって日本に行き、料理を食べたり研究したりしていた。
そして逆に、日本の若いシェフの見習いたちが、こぞってフランスに行き、フレンチの修業をしていた。一流レストランにいけば、厨房にかならずひとりやふたりの日本人がいたものである。
そのシェフ見習いたちも、日本料理の基礎はすでに身につけていたから、それをフランス人に伝授していった。
そういった交流が下地となって、日本の伝統の魚のおろしかたや火加減、生魚のうまさなどがフランスに広がり、ダシの「うまみ」に理解がうまれていった。
その過程で、「先付」を含む会席料理の演出がフランス料理に取り入れられ、定着したのである。
ちなみに、その手法はその後イタリア料理や広東料理にもひろがっていった。
どうです、日本人として鼻が高いことではありませんか?
(2011年4月16日掲載)