日本人が親しんでいる韓国料理といえば、「焼肉」と「冷麺」「ビビンバ」、それに「スンドゥブ」あたりが中心ではないだろうか。じつは、僕にとっては、韓国料理の大きな楽しみのひとつが、スープ類である。その代表格が「ソンノルタン」。別名「ソルロンタン」ともいうが、朝鮮半島北部と南部の方言による発音のちがい(どっちがどっちだか忘れました)で、漢字では雪濃湯(先農湯という説もある)と書く。牛の骨ガラでとった、真っ白く、コクのある濃いスープだ(ゆえに、雪濃湯)。これを注文すると、刻んだグリーンのネギがフタ付きの大きな器に入って一緒にでてくる(もしくは、あらかじめテーブルにでているので、フタをとって確認してください)。これを大量にスープ内に投入する。
じつは、ソンノルタンはこれが醍醐味なのだ。このスープは、ネギを楽しむために存在するのではないか、とさえ思う。白いスープの表面がネギで埋めつくされて、緑のスープと化す。もし日本の蕎麦やさんのように、ネギが小皿に数片だけ乗ってでてきたなら、韓国人は怒ってしまうにちがいない。そして、そのスープをひと口すすると、あなたは、「まずーい!」と声をあげるだろう。塩っケがまったくないのである。このスープは、自分自身で塩を入れて味を調節してから食べる習慣になっているのだ。それには故事がある。むかし、朝鮮の王が、庶民が貧窮しているのを見るに見かねて、牛を潰して大勢の人に食べさせた。
そのときに塩とネギをつけて食べさせたので、今もそうやって食べる習慣になっているのだそうだ。牛肉片と、そうめんが入ってる。春雨のばあいもある。どちらか選べるようになっている店もあり、それぞれククス(whitenoodles)、タンミョン(clear noodles、またはglass noodles)という。これをすすりすすりし、味が単調な気がしたら、キムチでシメる。ご飯がすごくおいしく感じる。しあわせになってくる。ご飯をスープに入れて食べてもいい。ネギってこんなにおいしいんだ、と思う。ひとによっては、キムチの浸っている液体、あれをスープに投入し、赤くして食べるひともいる。以前、骨髄の稿でも書いたが、骨のエキスというのは、そのまま食べても、スープに溶け出させても、その肉のうまさが凝縮しているのだ。
脂身というものもうまさが凝縮しているけれど、そこからうまみは残して、カラダに悪いもの(脂)を抜いたもの、それが骨のエキスだと僕は思っている。牛肉片も、店によっては、骨付きだったり舌(タン)だったり、何種類かの中から選べることもある。でも、たとえばラーメンのスープは牛骨だったり、トンコツだったり、鶏ガラだったり、さまざまなのにくらべ、ソンノルタンだけは必ず牛肉だ。昔の王さまに敬意を表してのことなのかもしれない。いや、もしかしたら、刻みネギには牛骨がいちばんあうので、ネギをおいしく食べるためにそうしたのかもしれない。
(2011年5月16日掲載)
雪濃湯を薬味にネギをどうぞ
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