友人を連れてチャイニーズレストランに行ったときのこと。
食べ終わって、彼が言うには、
「この店は以前になんども来たけど、こんなにおいしいと思ったことははじめてです。やっぱり関根さんのことを店の人が知っていて、特別おいしく料理してくれるのでしょうね」
これはうれしいコメントだったが、じつはそんなことはまったくない。店の人は僕のことは知らないし、いつもが手抜きをしているのだとは思えない。
その答えは、注文した料理の「バランス」なのだ。
たとえば、日本人が好きな中華料理、「蝦チリ」と「麻婆豆腐」と「酸辣湯」を頼んだとしたら、それぞれの料理はおいしくても、食後感はあまりパッとしないにちがいない。バランスしていないからである。
僕が注文するときは、冷たいものと熱いもの、辛いものと辛くないもの、カリッとしたものとフワッとしたもの、魚と肉、野菜と豆腐、というように、バランスを考える。
これこそが食後に満足感を得られる秘訣なのだ。
あの、LAで常にトップ人気のレストラン「松久」、その人気の理由はいくつもあるが、ひとつはバランスである。
僕は松久ノブさん自身に「おまかせ」を作ってもらったことがなんどかあるが、次から次へ出てくるお皿は、冷たい料理の次に暖かい料理、和食っぽい繊細な味の次にワイルドな洋食、クランチーな食感のあとに柔らかいもの、そういう変化と流れ、そしてコース全体のバランスがすばらしいのだ。飽きがこないというだけではなく、リズムがある。味のスペクトルが広い。
逆の例は、アメリカの中途半端におしゃれっぽいレストランでよくお目にかかる。
テーブルで何人かがそれぞれ魚、チキン、ビーフなどを頼んだとする。出てきた皿をながめてみれば、魚とチキンとビーフはそれぞれちがうソースや料理方法なのに、つけあわせの野菜がどれも同じ、というケースだ。
こういう店のシェフは、この魚料理といちばんバランスのいいつけあわせはなにか、このビーフとはなにがよくあうか、ということを考えていないのである。
チャイニーズと違って自分で組み合わせを選べないから、西洋料理の店はバランスのよしあしが目立ってしまう。
タイ料理なんかも、注文するときはバランスが決め手になる。
冷たいビーフと春雨のサラダにトムヤムクンはバランスがいいだろう。カリッとドライにフライした魚と、しっとりとして辛味の効いたナンプラー風味の野菜炒めがあうかもしれない。
とは言うものの、どんな料理でも、味や食感の対比さえさせればいい、というものでもない。
たとえば一流の天ぷらやさんで食べる、天ぷらコース。
どれもが同じコロモと同じ油で揚げた、サクッとした食感の天ぷらでありながら、そのなかで微妙な揚げかたや具材のちがい。
鮨も、同様である。
西洋の絵画が絵の具で色調のバランスをとるのもいいけれど、日本の水墨画の、黒一色でありながら繊細で微妙な濃淡によるバランス表現という美しさ。
食におけるバランスのとりかたにも、アートに匹敵する表現方法があるのです。
LAではココ!「予算」は2人分です
Matsuhisa
日本料理の店は紹介しないのが僕の原則だが、この店だけは別格だ。日本人の中には「日本料理ではない」と批判するひともいるが、日本料理であろうとなかろうと、これだけ世界中に展開してどこでも非常に高い評価をうけているという事実は曲げられない。
129 N. La Cienega Blvd., Beverly Hills
☎310-659-9639 www.nobumatsuhisa.com
Lunch: Mon-Fri 11:45am-2:15pm
Dinner: Daily 5:45pm-10:15pm
Open 7 Days
Providence
LA界隈で僕がフランス料理の最高峰とする店。それはここのコース料理(Tasting Menu)に如実に現れる。それぞれの皿の味もさることながら、そのバランス、コースを通じてのバランスや変化を味わっていただきたい。
5955 Melrose Ave., Los Angeles
☎323-460-4170 www.providencela.com
Lunch: Daily 12:00pm-2:30pm
Dinner: Mon-Fri 6:00pm-10:00pm
Sat 5:30pm-10:00pm
Sun 5:30pm-9:00pm
Open 7 Days
(2012年4月16日号掲載)
バランスの妙
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