今年の夏はモロッコに行ってきた。
モロッコは以前にも何度か訪れ、北から南まで旅をしたこともあるが、今回は古都マラケシュと、大西洋に面したリゾートのアガディール、そして西サハラの砂漠だった。
マラケシュの旧市街は、十数年まえに行ったときとまったく変わっていなかった。あいかわらずのすばらしい異国情緒である。
「マラケ・シュは迷路のマ・チ…」という松田聖子の歌があったが、あれはなかなか旅愁を感じさせるいい歌だった。
松田聖子とくれば、『風立ちぬ』も僕の好きな歌のひとつである。
そこで、今回は「たちぬ」にちなんで「タジーヌ」のはなし。
なんだそれ、こじつけじゃないの、といわれそうだが、じつはこじつけなのです。
タジーヌ(Tagine)をはじめモロッコの料理は、ほかの国にはない個性があって、日本人には異国情緒満点、それなのに食べてみるとなぜか親しみがわき、いくら食べても飽きがこない、そんな料理である。
タジーヌとは土鍋の一種で、陶器の深い皿と、そのうえにかぶせる魔法使いの帽子のようにとんがった円錐形のフタがついたもの。
そのなかにチキン、ラム、またはサカナといった材料を入れ、それにオニオン、オレンジ、レモン、デーツ、アーモンドといった香りのいい材料をオリーブオイルとともに一緒に入れ、直火にかけてしばらく煮込む。
できあがったら、テーブルにはそのタジーヌのまま(ほかの皿には移さないで)運ばれてくる。
そうやってできあがった料理のなまえもタジーヌである。
むかしはそこから手づかみで食べたのだが、いまのモロッコ人はナイフとフォークで食べるのがふつうだ。
タジーヌはモロッコ独自の料理らしく、よく似た文化の、となりのアルジェリアやチュニジアに行ったときにはお目にかからなかった。
モロッコにはアラブ宮廷料理やスペイン料理の影響もみられるのだが、このタジーヌはモロッコにアラブ人が侵入してくるまえから住んでいた、ベルベル人の料理が源流とされている。
マラケシュやアガディールの街を歩いてみたら、庶民の食堂がたくさんあって、みんな通りに面したところに炭をならべてタジーヌを上にのせて料理していた。
さて、味はどうか。
まず、モロッコのラムというのは天下一品である。
僕はもともとラムが好きであちこちで食べるが、この国のラムを食べると、その香りのよさ、舌触りのよさで、
ラムというものがビーフよりもチキンよりも格が上の食べものだという感じがする。
ただ塩をまぶしてバーベキューしたラムも、世のなかにはこんなにうまいものがあったのか、と夢中になってしまった。
チキンもブロイラーではなくそのへんを歩き回っているもののようで、とてもいい味わいがあった。
そこへもってきて、この味つけ。
チキンにしみこんだレモンやデーツのほんのりした甘さ、土鍋で蒸し焼きであるから香りが全体によくなじんでいる。
ラムにのせられたオニオンのソテー、これもしっとりと甘く、ラムのうまさをひきたてる。
そう、甘さ、というのがモロッコ料理のひとつの特徴なのだ。
デザートではなく、料理そのものが甘い、というのはふつう日本人があまり好まないものだが、これを食べると不思議に食欲がでて、モロッコ料理の世界に引き込まれていく。
そしてクスクス。
これは小麦粉を小さく丸めたもので、タジーヌの底、つまりラムやチキンの下に、あるいはサイドに、またはタジーヌの次のコースとしてでてくる。
これを食べるころには、もうモロッコの幻想的迷宮の世界から抜けだせなくなっているのである。
(2005年9月16号掲載)
モロッコの風タジーヌ
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