ちょーおいしい腸粉

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Mr.世界(腸粉)

チャイニーズ、なかでも香港をはじめとする広東料理に、「腸粉」というものがある。
腸粉とはなんぞや?
動物の腸を粉にして飲む漢方薬?
さにあらず。
 
まず、「粉」は、もともと中国語でも日本語と同じ意味だが、料理用語としては、いったん粉にしてから水に溶かして、さらに加工した食品のこともそうよぶ。
たとえば米の麺、つまりベトナムでいうPho は中国でいえば「粉絲」。平たく薄~く延ばした「粉皮」という食材も中国料理にはよく登場する。さて、そこまではいいとして、問題は「腸」ですね。
 
これは、ほんとうの腸を材料にしたのではなく、その形が腸(チャン)に似ているところからそうよばれる。
つまり、「腸粉(チャンフェン)」とは、米の粉を溶かして薄く延ばし、腸の形に巻いて中に具を入れてタレをかけた、いわば中華風エンチラーダだ。
ここでふと気がつくと、その中に入っている具、つまり腸の内容物というのは、すなわち排泄物である。
これを食べる、というのは、ちょっとコワイ、と言えなくもない。
じつは、世のなかには腸の内容物をほんとうに食べる人もいるのである。
 
アフリカのナミビアあたりでは、狩りをしてつかまえた動物を解体して、その肉を焼き、なんとその腸の内容物を、味つけとしてペーストのように肉にぬりつけて食べるのだそうだ。
もっともそれは小腸のあたりで、胆汁の苦味がかれらにとってはうまいと感じるらしい。
腸の内容物は鍋で煮込んで、さながら味噌汁の味噌のように利用する人たちもいるというのを読んだことがあるが、いちどトライしてみたいものである。
 
それはさておき、腸粉はうまい。
日本でいうヤムチャ、これは香港では点心(ディムサム)といい、それを主体としたメニューのことは「朝市」とか「午市」というが、腸粉はそのなかの中心的アイテムのひとつである。
カートがまわってくると、焼賈などほかのアイテムはセイロとかお椀に入っていたりするが、平たいお皿のうえに金属の丸いふたがしてあるのが来ると、腸粉(チャンフェン)とすぐわかる。
 
中に入っているものは、基本的につぎの3つのうちのどれかだ。
牛肉、焼ブタ、蝦。
このカートをおしているオバサンに、牛肉(ニュウロー)、叉焼(チャーシャオ)、または蝦仁(シャーレン)と指定すると(全部そろっているとは限らないが)、お皿のフタをとり、お茶でも入ってそうな金属の急須からタレをかけてサーブしてくれる。
このタレがまた特別だ。
コクがあって塩加減の適当なしょう油味で(XO醤とよばれる)、腸粉の味をぐっとひきたててくれる。
やはりモチとしょう油の相性というのは、中国人も日本人も共通するところらしい。
 
腸粉はモチ米から作る。
その食感は、モチモチともニュルニュルともプルプルともツルツルともプニュプニュとも形容でき、なにしろ、とっても口の中が楽しくなる。
それにプリッとした新鮮な蝦、またはクニャッと煮込んだ牛肉、またはザクッした焼ブタがよくあう。
 
じつはこの腸粉、点心のひとつというだけではなく、これ自体が朝食としても人気アイテムなのである。
香港で、ショッピングモールなどに朝早く行くと、他の店がまだ全部閉まっているなかで腸粉専門店がひとつだけ開いていて、出勤前に朝食としてこれを食べる人たちでにぎわっていたりする。
専門店では、干し蝦や干し貝柱などの具もあって、またすごくうれしい味だ。
 
もちろんアメリカの広東系の店でディムサムをやっているところなら必ずある。
もし腸粉がなかなか回ってこなかったら、黒服のウェイターに頼めば持ってきてくれるはずだ。
英語では「farinaceous roll」(澱粉の粉の巻物)などという訳もあるが、そんなこと言ったってまず通じない。
「チャンフェン!」と言って、あとは「ビーフ」「シュリンプ」「ポーク」でOKである。
 
(2006年6月1日号掲載)

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