ナマコ

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Mr.世界(ナマコ)

ナマコ? なんだ、今回はあんまりおいしそうなテーマじゃないなあ、と思われたかな?
でも、僕にいわせていただくと、日本人は、ナマコのおいしさを知らないだけなのだ。
と、えらそうなことを書いたものの、じつは、ナマコの本当のうまさは、僕もついさっき知ったばかりなのである。
 
いま、北京。
ナマコはうまい、というはなしは聞いていたし、そこそこうまいナマコも食べたことがあるので、おおいに期待をしていった北京の山東料理の老舗、華貨楼。
そこでさっき食べたナマコの炒めものには、完全に度肝を抜かれた。
ナマコは中国語で『海参』(ハイシャン)という。参とは人参、それも朝鮮人参のことである。
むかし、ナマコは朝鮮人参と同じ薬効があると信じられたために、そういう名前になったらしい。
 
英語ではsea cucumber。
たしかに形といい、大きさといい、ちょっとトゲトゲがあるところといい、なかなかいい呼び名である。
 
ところが、日本語では『海鼠』と書く。
海のネズミでは、日本ではうまい食べものとイメージされないのも当然だろう。
 
中国でおいしいナマコを産出するのは、山東省である。
山東省は、チンタオ(青島)という街で知られるように、朝鮮半島の方角へ突き出した半島になっていて、古くから海産物がうまいので有名だ。
山東の食材は、ナマコとともに、アワビ、ツバメの巣、フカヒレが、四大海味として中国中で珍重されている。
フカヒレやアワビは、香港のレストランでも洗練された広東料理の材料として登場するが、ナマコは山東料理の特別な名物だ。
香港には山東料理の店は少ないが、北京にはたくさんある。
そもそも北京料理というのは山東料理がベースになったもので、明朝の宮廷料理人は大多数が山東人だったといわれている。
 
さて、その北京は華貨楼のナマコ炒めに話を戻そう。
ナマコの品質にはいくつかのグレードがあるが、そのなかで一番高級なものをたのんでみた。
ただ料理に入っている、というのではなく、ナマコそのものをテーマにした料理だ。
デリカシーとはこのことをいうのである。
口に含むと、プリプリとして舌にやさしくまとわりつく。
噛んでみるとコツコツとした独特の歯ざわり。不思議な快感である。
噛んでいるうちに、数の子のような、イクラのような、鰹ぶしのような、いかにも海の幸といったすばらしく上品な香りが鼻腔をくすぐる。
その形から想像されるような不気味な味や食感ではまったくない。高級感ただよう食べものである。
 
材料は、乾燥させてから戻したものだ。
中国人の乾物に対するノウハウは断然世界一で、アワビもフカヒレもクラゲもそうだし、キノコ類もそうだが、いちど乾燥させることによりグルタミン酸などの、いわゆる「うまみ」の成分がぐんと増えるのである。
アワビにしても日本人はナマを好むが、中国人は、乾燥させてうまみを増産させてから食べるのだ。
ナマコは形がグロテスクだから食べたくない、という日本人もいるだろう。
でも、グロテスクな点ではタコのほうがはるかに上ではないだろうか。
考えてみれば、蟹だって蜘蛛に似ているし、実際に生物学的に関連しているらしい。
 
たしかにサシミにしたら、堅すぎるし、味や香りがあまりしなくて、うまくないだろう。
でも、内臓を塩漬けにした「このわた」は日本酒のサカナとして日本人にも人気があるのだから、むかしから日本の海にもいたのだろうし、
食べてみようという気がおきなかったわけではないらしい。
要は乾燥のノウハウがなかったのである。
今日はまたもや、中国人のうまいもの追求ノウハウに脱帽しました。
 
(2006年9月1日号掲載)

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