パン

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Mr.世界(パン)

こりゃまた短い題名! 
しかもずいぶんベーシックな食べものだな、と思われたかもしれないが、これがなかなか重要なテーマなのである。
 
僕は、なにを隠そう、LAに住みはじめてから30年を超えてしまったが、この地はむかしはパンがえらくまずかった。
日本に行くとずっとパンがうまいので、LAに戻るときにはよくおみや買って帰ったものだった。
 
10数年まえだったかな、日本がコメ不足という問題をかかえていたときには、こちらからカリフォルニア米をおみやげにもっていったものだ。
本来の食文化しては、なんとも正反対のことをしていたわけである。
そう、世界でパンのおいしい国は、ダントツでフランスだが、もうその次くらいに日本が来てしまう。
パンの焼き方というのは相当な職人芸らしく、いい小麦粉をうまく練って巧みに焼かないとうまいパンができないらしい。
日本人の緻密さやこだわりがあってこそ、うまくできるもののようだ。
 
そういう意味でフランスからパン焼きの職人芸を受け継いでいるのは、元の殖民地であるところのベトナム。
とくにバゲットパンにおいてかなりレベルが高いのは、LAにあるベトナム系サンドイッチ屋さんにいけばすぐわかる。
 
最近は台湾や韓国でも、日本にならえ、とパン焼きの技術を磨き、人々もうまいパンの楽しみにめざめて、いまちょっとしたパンブームのようである。
 
そもそもフランスは、土地が肥沃で良質の小麦を産出することと、美食の追求がうまいパンを産んだ。
フランス以外はどうか。
 
イタリアのパンは、一般的にいってパサパサまたはカリカリしていて、フランスの、中はしっとりフワフワ、そとはパリッと軽く、というものにはとてもかなわない。
同じ美食追求の国なのに、なぜだろう?
ちゃんとそれには答えがある。
それは、イタリアにはなぜパスタがあって、フランスにはなぜないのか、というのとまったく同じ理由なのである。
 
ヨーロッパのなかで、イタリアの大きな特徴は、ここだけが火山国だということ。
火山灰性の土壌がパンに適した小麦を産出させなかったがために、かわりに育つデュラム小麦からパスタというものをあみ出させ、発達させたわけだ。
ドイツやロシア、北欧などは、大麦やライ麦のパンが主流で、それはそれで味はあるのだが、フランスのパンのような高級感はない。
スペインは、南に位置するから、イタリアにも共通しているように、米はうまいのだが、パンはパサパサしてうまくない。
もちろんいまは交通機関が発達しているから、どこの国でもうまいフランスパンは手に入るが、やはりその国の料理にはその国のパンがよくあう。
 
ひるがえって、アメリカはというと、良質の小麦の産出には事欠かないのだろうが、そこは食べものにおおざっぱな国民性、一流レストランに行ってもがっかりするようなパンしかでてこない。
いや、でてこなかった。
 
この10年ほどのあいだに、ハリウッドやビバリーヒルズなど、一流店でだすパンはおどろくほどうまくなった。
フランスで食べるパンとかわらない味のものを出す店もふえた。
これは料理そのものの水準が上がってきたのと呼応している。
この地でパンとともに料理の水準をあげるきっかけを作ったのは、ほかならぬ日本人のシェフたちである。
 
20年ほどまえ、まず日本人がうまいパンを焼きはじめた。
そしてパシフィク・ニューウェーブとよばれる日本人発の料理が人気を集め、アメリカ人の舌も肥え、そこからアメリカ人の優秀なシェフも次々と誕生し、フランスやイタリアからもシェフがどんどんやって来るようになった。
 
LAの寿司ブームという米飯料理の火付け役ももちろん日本人だったが、LAのパンと西洋料理の質の大幅向上にも、
日本人シェフたちの貢献があったことは忘れてはならないのである。
 
(2006年10月1日号掲載)

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