チョコレート・チキン

ライトハウス電子版アプリ、始めました
Mr.世界(チョコレート・チキン)

チキンにチョコレートをかけて食べたこと、ありますか?
アイスクリームやクレープにチョコレートというのは誰でも知っているけど、チキンにチョコというのは、知ってる人は知ってる、知らない人は知らない料理の代表のような、メキシコ料理「モレ・ポブラーノ」のことである。
そもそも、チョコレートの原料カカオ豆は、4千年ほどまえ、メキシコのユカタン半島あたりに栄えたマヤ人が栽培しはじめたものだ。
食用とか嗜好品というよりは、興奮剤、催淫剤、強壮剤、解熱剤、鎮痛剤といった、
飲み薬として使用されていたらしい。
 
チョコレートというのは、アステカの言葉で「苦い水」を意味するxocolatlからきているという。
スペイン人がマヤ、アステカを征服したとき、彼らがこのカカオから作ったチョコラーテ、つまりチョコレートを飲んでいるのを見て、スペインに持って帰れば薬として金儲けの種になると目論んだのだろう。
これを本国へ持って帰った彼らは、飲みやすいように砂糖や蜂蜜、バニラ、シナモンなどを加えて味付けしたところ、目論みどおり人気がでて、スペイン中に普及してしまった。
 
おもしろいのは、4、5百年もたったいまでも、スペインではこの「チョコラーテ」は非常にポピュラーな飲みもので、スペイン人は、朝食に温かいチョコラーテを飲み、チューロとよばれる細長いドーナツを浸しながら食べる習慣がある。
マドリッドのバル(バー、つまり酒やコーヒーを立ち飲みする店)では、よく見かける。
もちろんココアならほかの国でも飲むのだが、それはミルクをたくさん加えたもので、チョコラーテはもっとチョコチョコした濃密な飲みもので、スペイン以外ではあまり飲まない。
 
さて、チョコレート・チキン、すなわちモレ・ポブラーノにはなしを戻そう。これには故事がある。
17世紀、メキシコのプエブラ・デ・ロス・アンヘレス(そう、英語にすればロサンジェルス村です)という街にあった修道院を、大司教が訪問することになった。
修道尼たちは、さて、夕食に出す料理をどうしよう、と悩んだ末に、台所にあったいろいろな材料を煮込んでソースを作り、七面鳥にこのソースをかけて出したところ、大司教はこんな料理は食べたことない、うまいうまいと大喜びしたという。
このソースにまさにチョコレートが使われていたわけで、その料理が、「Mole Poblano(モレ・ポブラーノ)」という名前でメキシコ中にひろがった。
別の説としては、修道院のキッチンに並べてあったさまざまな香辛料が、風で飛ばされて鍋に入ってしまった、というのもあるが、これはかなり眉唾っぽい。
 
「モレ」とは、アステカの言葉の「モリ」、つまり飲食物などを混ぜたものやシチューなどを意味する言葉で、「ポブラーノ」とはスペイン語で「プエブラの」という意味だ。
いまメキシコのレストランで食べられる「モレ・ポブラーノ」は、鶏肉または七面鳥を、柔らかく煮込むか蒸すかして、その上からサルサ・モレをかける。
サルサ・モレは、地方や家庭によっていろいろなレシピがあるが、溶かしたチョコレートがベースになることにかわりはない。
それに、いくつかの種類の唐辛子、アーモンド、ゴマ、ニンニク、タマネギ、トマト、ドライフルーツをベースに、シナモン、クローブ、フェネル、アニス、オレガノ、アボカドの葉などのさまざまな香辛料を加え、一日ほど煮込んで作る。
 
チョコレートに唐辛子?? と、これも日本人には奇異に感じるかもしれないが、意外と合うものなのである(余談だが、韓国にはキムチ・チョコレートなるものさえある)。
このサルサ・モレを食べるてみると、知らない人にはこれがチョコレートであることはわからない。
トロッとした濃厚な舌触りで、高級フランス料理店で出てきてもおかしくない、複雑で奥が深い味である。
チキンや七面鳥だけではなく、ポークを使うこともある。
そう、メキシコ料理は、タコスにブリートスだけではないのである。
 
(2006年12月16日号掲載)

「ミスター世界の食文化紀行」のコンテンツ