アメリカでフランスを

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Mr.世界(アメリカでフランスを)

「ミシュランの星」なるものは、だれもが聞いたことがあるだろう。
 
フランスのタイヤメーカー、Michelinが毎年発行するガイドブック、これに掲載されるだけでも立派なことだが、星がつくということは大変な名誉なのである。
三ツ星が最高で、それに選ばれる店はパリにも毎年数軒しかない。
そもそも、星が一つでもつくような店というのは、料理がただおいしい、ということにとどまらず(それはもちろんだが)、味の洗練度や、そのシェフならではの創造性がいかされてなくてはいけない。
それが三ツ星ともなると、あっと驚くような芸術性、涙がでるような美しい味、それに加えて、シェフの余裕ともいえる「遊び心」すら感じられるのだ。
 
そして、さらに欠かせないのが、他を圧倒するサービスである。
今日はそのサービスについて書こう。
 
パリで近年ずっと三つ星を獲得している店のひとつにGuy Savoy(ギー・サヴォワ)がある。
僕は何年か前に食事したことがあるが、まさに三ツ星の三ツ星たるゆえんのような店であった。
そのGuy Savoyが、ラスベガスに支店を開いた、というので、早速食べに行ってみた。
 
場所はシーザースパレス。カジノから離れた閑静な別館の二階にその店はあった。
店内のMatre ‘D、案内の美しい女性に予約した名前をいえば、予約客の名前がみな頭に入っている彼女は、帳面をみることもなく、すぐテーブルに案内してくれる。
二人で予約してあったので、ちゃんと二人分のテーブルが用意してある。
よくあるように、四人分のセッティングがしてあって、目の前でガチャガチャと二人分を片付けるなんていう光景は決してない。
 
まずは、いまフランスで流行っているように、何本かのシャンペンを載せたカートがやってくる。
そこから選んでグラスについでもらい、しばし談笑のあと、頃あいをみはからってメニューが来る。
また少しの頃あいをみはからって、ウェイターが来るので、ゆったりと料理の説明を聞いたり、質問をして、注文が決まる。
ワインリストは電話帳のように分厚い。これを手で持って眺めろ、などという野暮なことはしない。車のついた小さなサイドテーブルに載って登場する。
そしていいタイミングでソムリエが来て、ワイン好きが至上のよろこびとするワイン選びのやりとりのあと、飲むワインが決定する。
そう、すべては頃あいなのである。待たせない、せかさない、完璧なタイミングだ。
 
店内にはきちんとした身づくろいの従業員が何人もいて、まったく視線は感じないのだが、こちらの所作や雰囲気をそれとなくみていて、タイミングをはかっているのである。
これも芸術の粋といってもいいくらいだ。
 
数種類のパンがカートに載って登場。
テーブルの上には、おしゃれな容器にバターが二種類。塩気のあるのと、ないのと。
こんな簡単なことでも、やっている店がどれだけあるだろうか。
できた料理をお盆に載せて運んできたのは、立派な紳士である。
この人がオーナーだといわれてもおかしくない。
すかさずウェイターがお盆からテーブルに料理を移す。
あの、よく見かける、腕にガチャガチャといくつもの皿を載せたウェイターが歩き回る光景はここにはない。
食事の途中でなにか欲しければ、ちょっと顔をあげて目配せすれば、店員のひとりがすっとよってくる。
ナプキンを床に落とせば、すぐに新しいナプキンが現れる。
トイレに立てば、先に立って案内してくれる。
 
そう、ミシュラン三ツ星の世界とは、おいしい料理を出す、だけでは決してないし、いいサービスとはお客に笑顔をふりまくことだ、と思っている店とはまったく次元がちがう、「最高のもてなし」を徹底的に追求した、別世界があるのである。
でも、お値段はとても高いです。
 
(2007年1月1日号掲載)

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