パパイヤ*には、僕には忘れられない想い出がある。
20年ほどまえ、アメリカにいた僕は、父親の容態がよくないという連絡を受け、急遽日本に向かった。
当時はまだLA=東京間のノンストップ便がなく、すべてホノルル経由だった。
ホノルルの飛行場の待ち合わせ時間、なにか病床の父親へのおみやげは? と思い、これならおいしくて栄養もいいし、と思ってパパイヤを購入した。
東京に着いて早速病院に行き、「ハワイのパパイヤを持ってきたんだけど、食べる?」
と聞くと、「食べたくない…」との返事。
「そうか、パパ・イヤなのか…」。
父親が重病だというのになんと不謹慎な、と自分で思いながらも、このオヤジギャグが頭にひっかかってしょうがない。
おいしいハワイのパパイヤをぜひ食べさせてあげたかったのに、それさえ口に入らないのか…、という辛い現実を、自分自身でなんとか紛らわせようとしていたのかもしれない。
いまだにパパイヤを食べるたびによみがえる、悲しい想い出である。
しかし、ことほど左様に、ハワイのパパイヤはうまいのである。
世界中の暖かい地域では、ホテルの朝食バフェなどによくパパイヤが出てくるが、ハワイほどおいしいところはない。
強烈なオレンジ色の果実の上にライムをチュッと絞って、ナイフでスルッと切り取って口に入れると、ほとんど噛む必要もなく、あっという間に口の中で溶けて甘さと南国の香りが広がる。
ライムの酸っぱさが、その甘さの上の表面に一枚の皮のように薄くかぶっている。
他の国だと固かったりザラついていたりするパパイヤがよくあるが、ハワイではいつ食べても裏切られない。
固いといえば、逆に固いパパイヤの歯ざわりをいかした食べ方もある。
タイの北部、特に東北地方ではどの家庭でもこれがなければ食事にならない、というほど毎食食べる、ソムタム、つまりパパイヤサラダである。
実際に現地で作るところをみたが、熟していない青いパパイヤを千切りにして、干した沢蟹とともに石壷の中に投入する。
沢蟹というのは、北タイに多くある渓流に住む小さな蟹で、住民のだいじな蛋白源だ。
さらに、ピーナツ、ナンプラー(魚醤)、バクチー(香菜)、ニンニク、唐辛子、ライム汁などを入れ、スリコギのようなものでコンコン叩いたりゴリゴリと摺る。
さて、いかなる味か?
強烈にエスニックしている。
沢蟹の独特で強烈な香りにパパイヤのシャリシャリした歯ざわりとほんのりした甘さ、それにナンプラーの香りとライムの酸っぱさ、唐辛子の辛さが渾然一体となって、一度食べたら忘れることはない。
北タイ以外では、LAも含め、沢蟹が手に入らないので、干したエビなどで代用することが多い。
香りはかなりちがうが、やむをえないだろう。
いずれにしても同じパパイヤでもずいぶんちがう食べ方をするものである。
*日本では「パパイア」と表記することが多いようだが、「ya」だから「ヤ」のほうが正確だと僕は思う(ダジャレのこじつけかもしれませんが)。
(2008年3月16日号掲載)
パパイヤな想い出
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