イタリアン・アルプスのド真ん中、アオスタという小さな町に行ったときのこと。
適当にレストランに入ってみると、天井から数十個の肉塊がぶらさげてある。
生ハムだ。
テーブルについて早速この生ハム「prosciutto crudo」を注文すると、店の主人がフックのついた棒でその塊のひとつを天井からはずし、
隅にある専用削り器でシュルシュルと薄く削ったハムをテーブルに持ってきた。
絹のような舌触り。馥郁とした香り。感激!
これが数十年まえの、僕にとって初の本場生ハム体験だ。
イタリアで生ハムが有名なのはパルマ地方だが、それに限らず、アルプスのように冬が長い地方で、保存食として発達した。
寒くて雪に覆われた冬のあいだ多くのブタにエサをやることができないので、冬になる前に何頭かを解体してハムやソーセージといった保存食にしておいたのだ。
イタリア以外でも、スペインの生ハム、「Jamon Serrano(ハモンセラーノ)」も、ヨーロッパでは同じくらい好まれる。
スペインのバルで、ワインを立ち飲みしながらちょっと小皿をつまんだりするタパス、その定番だ。
パリのカフェでもよく見かける。
ハムはいうまでもなくブタのモモ肉だが、考えてみれば、鶏ならばモモ肉の料理がいろいろあるのに、豚のモモという料理はお目にかかったことがなく、モモは必ずハムになってしまう。
なぜでしょう?
それは、豚のモモ肉はとても硬いので、ハムに加工して薄切りにすることによってはじめて、おいしく食べることができるからだそうだ。
でもそのおいしいこと!
生ハムがふつうのハムと違うのは、製造過程で燻蒸などの熱を加えないこと。
脂で包み、1年以上エージングして作るのだ。
では生ハムを使った料理。
「Prosciutto e Melone」、つまりメロンとあわせた前菜は、イタリアで非常にポピュラーで、どこのレストランに行ってもあるといって過言ではない。
ハムの塩気とメロンの甘さ、動物性のワイルドな香りと果実の爽やかさ。
その対比をいかした一品であり、生ハムのおいしさを最大限引き出す方法といってもいい。
ただし、メロンがおいしいことが条件である。
その点アメリカでは、生ハムは輸入されていても、メロンがいまいちだったりするので、ほんとうの醍醐味はなかなか味わえない。
メロン以外には、いちじくも使われる。
生ハムを仔牛にはさんで、セージという香草と焼いた料理、「サルティン・ボッカ」などという牧歌的な料理もある。
生ハムを焼いたら生じゃなくなって、ただのハムになっちゃうかと思うのだが、それはまた格別のうまさだ。
生ハムのおいしい食べかたで、知られざるものをお教えしよう。
我が家でポットラック・パーティーをしたときに、だれかが生ハムを持ってきて、それに日本のユズ胡椒を添えて出したことがある。
これが大評判。
生ハムが日本的な風味ともよくあうということがわかった新発見であった。
じじつ、これを鮨のネタとして食べても非常にウマイです。
(2008年9月1日号掲載)
知られざるは生ハムのおいしさ
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