今年の冬のバケーションは、イタリアのアルベロベッロに行くことにした。とんがり屋根が並ぶ、世界遺産の町である。その町のことを考えていたら、突然、牛タンが食べたくなった。なぜだかさっぱりわからない。なぜ突然舌が食べたくなったんだろう???
それはさておき、牛タン(いうまでもなく、英語の「tongue」が語源)、つまり牛の舌は、牛の部位のなかでいちばんおいしいところだ、と常々僕は思っている。
立派な理由がふたつある。
ひとつは、豚でもチキンでも、あるいは魚でもそうなのだが、彼らがいちばんよく動かす場所、それがすなわちいちばんおいしい部位なのだ。そこにホルモンが溜まるのか、乳酸が溜まってイノシン酸にかわるのか、よくわからないが、とにかくおいしいことはまちがいない。チキンならモモ、魚なら目玉の周りである。ほら、牛の姿を思い出してください。いつも舌を動かして反芻しているでしょう? だからうまいのです。タンは、脂身から脂を抜いてうまみだけを残したような味わいがある。
そして、もうひとつの理由は、舌触りである。そう、舌の舌触り。
ほら、恋人の舌、こんなすばらしい舌触りのものはないと思うでしょう?
あれを思い出させてくれるのである。その舌が牛のそれであろうとも、それがチョン切られてシチューになってしまっていようとも、焼肉になって焦げていようとも、あの表面のちょっとザラザラした感触は、口のなかで自分の舌とからませるとセクシーさを感じずにはいられない。
舌の舌触りが好きなのは僕だけじゃない。たとえば僕の愛犬は、僕の舌を舐めることをもって至上の喜びとしているようで、夢中になって舐める。
日本の焼肉屋でも「タン塩」は人気があり、焼いた舌にレモンを絞って塩をふって食べるとえらくうまい。タン専門の店もあり、僕は東京で食べに行ったことがあるが、いまでもあの味は忘れられない。牛タンしゃぶしゃぶ、なんていうのをやっている店もある。
ヨーロッパでは石器時代から食べられているそうで、いまではタンシチューにして食べることが多い。赤ワインやタマネギと煮込まれたタンは、トロトロととろけそうで、パンや赤ワインと猛烈によくあう。ホッペタのシチューもうまいが、それと双璧をなす。
メキシコでも、「lengua」すなわちタンは、タコスのグとしてポピュラーである。LAでも、アメリカナイズした店ではなく、メキシコ人だけをあいてにしているような店では、ソフトタコにタンを煮たものを乗せて供する。これはとてもうまいです。
韓国人もフィリピン人もタンを食べる。
舌が好きなのは世界共通、人類動物普遍なのである。
(2008年11月1日号掲載)
舌の舌触り
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