(2023年1月16日号掲載)
『生きる』のリメイク作品でオスカー候補に
今シーズンのオスカー主演賞候補とささやかれている(私めは叫んでいる)ビル・ナイの『Living』での静謐な演技は、猥雑な世の中をほんの少しだけ清めてくれるはず。同作品は黒澤明監督の『生きる』(1952年)を、ノーベル賞作家のカズオ・イシグロが英国を舞台に脚本を書き直したもの。多忙な老官吏が余命いくばくもないと知り、市民のための小さな公園作りを実現させるという心温まるストーリーだ。
「50年代のロンドンのホワイトカラーはボーラーハットと傘が必携だったが、僕はボーラーハットが嫌でね。ヘルメットをかぶっているような気分になるのだよ。官吏の仕事は何事も先に延ばすこと、面倒なことは避けることが基本で、これは今も昔も変わらない(笑)。死に直面して人生を振り返り、残りの時間を有意義に使おうと決意する主人公にインスピレーションを与えられるだろう。その意味でこの映画は『死』がテーマではなく『生きる』喜びを謳っている。
周囲がオスカー、オスカーと煽り、ある番組では以前に僕がオスカーを受賞していると信じて質問してきたりしたが、あまり勝手に興奮してほしくないね。自分の出演作は絶対に見たくないし、時間の無駄だと思っている。1作ずつ丁寧に役作りをし、後を振り返らないのが僕の仕事への姿勢だ」。
とっておきのエピソードを紹介しよう。ある時、レッドカーペットに立っている私につかつかと寄ってきて、手にキッスをしてくれたのである。何度もインタビューして顔見知りとはいえ、この騎士道精神! 紺のスーツしか着ない主義で、クローゼットには同じようなスーツがぎっしりかけてあるそう。舞台などで気に入らない衣装をあてがわれると、自前のスーツを着るというおしゃれ意識!
ご存知の方も多いと思うが、先天性の指が勝手に動いてしまう病気を患っていて、握手の前に相手に「不気味な握手で失礼」と警告するそう。朝のコーヒーの後、ダンスのステップを踏むのがエクササイズだというのも、エレガンスの極みではありませんか!
ひいきのサッカーチームはクリスタル・パレスのビル。お次は『The Beautiful Game』という映画で、ホームレスのチームがサッカー大会に出場するドラマである。彼の役はコーチだそう。期待しましょう。
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