ブルースの生まれ故郷・公民権運動の表舞台
気候が温暖で四季の変化に富んだミシシッピ州。まさにディープサウスと呼ぶにふさわしい南部の中心である同州の名産物は、全米最大の捕獲量を誇るキャットフィッシュ(ナマズ)である。
ミシシッピ(Mississippi、MS)州の基本情報 | |
人口(2023) | 2,939,690人 |
面積 | 46,913.1mile2 |
人口密度 (2020) | 63.1人/mile |
州都 | ジャクソン(Jackson) |
州知事(2024) | Tate Reeves(共和党) |
州のニックネーム | Magnolia State, Hospitality State |
人種の割合 | 白人58.8% / 黒人37.8% / ネイティブ・アメリカン0.6% / アジア系1.2% / ヒスパニック3.6% |
1世帯当たりの平均収入 (2022) | $52,985 |
貧困家庭の割合 (2022) | 19.1% |
住宅平均価格 (2018-2022) | $151,000 |
平均家賃 (2018-2022) | $896 |
観光情報サイト | Visit Mississippi |
オフィシャルサイト | MS.gov |
(出典元:U.S. Census Bureau)
いまだに癒えない南北戦争の傷跡
フランス人探検家ロバート・キャベリアー・デラサイルが1862年にミシシッピ川流域をフランス領と宣言、各地が次々と開拓されていった。しかし、フランス、イギリス、スペインの3カ国の同地を巡る争いは続き、1763年、同地の権利はフランスからイギリスの手に。住民が合衆国への帰属を望んだため、1817年に20番目の州として合衆国に加入した。
しかし、南北戦争勃発へ時代が傾き始めると、同州は合衆国より離脱。同州出身のジェファーソン・デービスが南部連合大統領として、南軍を率いた。戦時中、同州は主戦場となり、特にヴィックスバーグは激戦地と化した。
南北戦争後もアフリカ系差別は続き、ケネディ大統領の登場により、同州は公民権運動の渦中に。1962年にはアフリカ系の青年ジェイムズ・メレディスの州立大学入学願書受理の訴えを連邦最高裁が認め、政府は陸軍まで投入し、抵抗を抑えて就学を支援した。
30以上のカジノが並ぶ「南のラスベガス」
同州はブルース、ゴスペルなどの発祥地である。特にブルースはアフリカから奴隷労働のために連れてこられた人々が故郷独自の音楽を思い出しながら、綿畑など野外労働の場で歌ったもの。差別に満ちた時代に生きた彼らのやるせない想いとギターの弾き語りのスタイルが融合し、ブルースは進化を続けながら全米に広がった。
近年、メキシコ湾岸周辺はホテルやゴルフ場が整ったリゾートタウンとして人気上昇中だ。1994年にギャンブルが解禁になり、30以上のカジノが建設され、「南のラスベガス」とも呼ばれている。
また、デルタ地域には南北戦争前に建てられたアンテベリウムホームと呼ばれた豪邸が現在も数多く残り、歴史的なベッド&ブレックファーストとして宿泊でき、貴族的な当時の南部の生活が体験できる。