日本人で初めてNHL のリンクに立つことを目指し、北米ECHL、AHL でその実力を発揮したゴールキーパー福藤豊選手。リンクの上では、鋭い感受性と直観力に優れ、プレッシャーをまったく感じない人並みはずれた精神力を持つ。
素顔の福藤選手は物腰が柔らかく、常に行き届いた配慮を忘れない好青年。世界に通用する、日本人初のNHL プレーヤーにスポットライトを当てた。
◎ふくふじ・ゆたか
1982 年北海道釧路市生まれ。小学校3年生でアイスホッケーを始める。2001 年コクドに入社。05 年にロサンゼルス・キングスと2年契約を結び、日本人初のNHL 契約選手となる。07-08 年シーズンは、ECHLのコンドルズで再びNHL への昇格を目指している
自然に足を踏み入れたアイスホッケーの世界
幼少の頃は、落ち着きがないとよく言われました。好奇心旺盛というか…。僕は3人兄弟の末っ子として生まれました。出身は北海道の釧路市出身ですが、北海道の中でもこの釧路、苫小牧、帯広は特にアイスホッケーが盛んです。
例えば東京の場合、夏にプールの授業がありますよね。僕たちは冬に授業の一環としてスケートをやります。まずは学校の校庭にリンクを作ることから始まります。フェンスを立てて、雪が降ったら生徒たちで雪を踏みまくります。その上に水を撒くと、リンクに変わるんです。雪はそんなに多くありませんが、とにかく寒くて氷点下20℃は当たり前
たどり着いたのは試合開始の30分前
2001年にコクド(現在のセイブ・プリンスラビッツ)に入社して、02年EHCLのシンシナティー・サイクロンズでプレーしましたが、正直、いいシーズンを過ごすことができませんでした。アメリカではどんなスタイルでホッケーをするのかも知らず、まったくゼロからのスタートでした。結果、チームに溶け込むのに時間がかかりました。英語ができたわけでもなかったですし。英語にしろ、練習にしろ、あの頃はとにかく一生懸命努力するのみ。もちろん、(日本に)帰ってしまうこともできましたが、あのシーズンがなければ今の僕はない、という貴重な経験ができたと思っています。
07年1月13日、対セントルイス・ブルース戦の第3ピリオドで、初めてNHLの試合に出場した時のことを今でもよく覚えています。
アウェイ(セントルイス)での試合でしたが、相次ぐ飛行機のキャンセルで、強制的に別ルートで、あちこちの空港に移動させられ、ほとんど寝ていない状態でした。やっとの思いでセントルイス空港に入ったら、今度は1時間ほど荷物が出て来ない。その後タクシーに飛び乗り、運転手に「選手入口があるはずだから、リンクのまわりを1周してくれ」と伝えました。選手入口を見つけたので降りようとすると、何度も通り過ぎる。どうしても僕を一般入口から入れようとするんです(笑)。結局、一般入口で降りて大荷物を抱えながら、セントルイスのファンの人に「選手入口はどこにあるの?」と聞きながら何とかたどり着いた時は、試合開始の30分前でした。
生まれ立てのコジカが一人前になった瞬間
いよいよ試合が始まりましたが、まさか合流した当日に試合に出るなんて思いもしませんでした。前日はほとんど寝ていないため、ベンチでは今にも眠ってしまいそうな状態でした。試合に出ないゴールキーパーは、集中力を維持するのが大変なんです第2ピリオドが終わった時点で試合が結構荒れてくると、コーチに「第3ピリオド、お前で行くから」と言われ、頭が真っ白になりました。
リンクに入った瞬間は、もう生まれたてのコジカですよ(笑)。2万人近くのファンの前ですから。でも試合が始まってしまえばそんなことは関係なくなり、自分ができることをまずやろうと、それだけ考えました。対戦相手の中に、小さい頃に見ていたスター選手が見えた時は、何だか変な感じがしたのを覚えています。
余談ですが、04年にフジテレビ系で放送された、木村拓哉さん主演のアイスホッケーに情熱を燃やす青年の奮闘を描いた月9ドラマ『プライド』では、坂口憲一さんにゴールキーパースキル、もちろん木村さんにもホッケーをコーチングしました。坂口さんのガタイは、ホッケーに合っていました。木村さんはすごく負けず嫌いでしたね。首から下の代役には納得いかないということで、ゼロから指導しました。スケートはコントロールが特に難しいんですよね。でも皆さん、飲み込みが早くて、教えがいがありました。
僕は選手としては若くはありませんが、常にアイスホッケーに「挑戦」し続けられる理由は、またNHLに戻りたいという目標が自分の中ではっきりしているからかもしれませんね。普段の生活の中で、大切なものはたくさんありますが、アイスホッケーは僕にとって絶対に必要なもので、大切な宝物の1つなんです。
練習や試合から帰って来ると、もう午後11時過ぎ。ふと空を見上げて星がキレイな時は、疲れも吹っ飛びますね。それが日常のささやかな幸せかな。
(2008年7月16日号掲載)