写真の中の身体をめぐって
~Fragility in Photos~ A Photographer’s Intimate Study of the Body and Soul
ゲッティ美術館で10月6日から、世界的に著名な写真家、石内都さんの回顧展「Ishiuchi Miyako:Postwar Shadows」が開催されています。ゲッティ美術館が存命の女性写真家の大規模回顧展を行うのは、これが初めて。その石内さんと、20年前に共著のヌード写真詩集を出版した詩人の伊藤比呂美さんの、写真をめぐる対談をお届けします。
(2015年11月16日号ライトハウス・ロサンゼルス版掲載)
1947年生まれ。横須賀育ち。1978年初の写真集『絶唱・横須賀ストーリー』刊行。1979年、写真集『APARTMENT』等で木村伊兵衛賞受賞。2005年、ヴェネツィア・ビエンナーレ日本代表。2014年、日本人としては3人目のハッセルブラッド国際写真賞受賞。日本を代表する写真家の一人。
伊藤比呂美(右)
1955年生まれ。石内さんの初写真集刊行と同じ1978年に、詩集『草木の空』でデビュー。1995年には石内さんが伊藤さんを撮影し、伊藤さんが詩を書いた『手・足・肉・体―Hiromi 1955』を刊行。現在はサンディエゴ在住。本誌で「海千山千人生相談」連載中。今回の石内展カタログにエッセーを寄稿。
『ひろしま』の驚きと二人での仕事の思い出
伊藤:2008年に目黒区美術館で『ひろしま』の展覧会が行われた時、たまたま日本に帰国していて見に行ったら、うんと高い所から『ひろしま』の写真(ヒロシマの被爆者の遺品である衣類を撮影した写真)が、実物よりもずっと大きなサイズで展示してあった。まるでそこに神様がいるみたいだった…。ほかの写真も、「ああ、これを誰かが着ていたんだなあ」って思うような、生活感があるものばかりで。そうしたものが、本当にきれいだった。
司会:それが初めての出会いですか。
伊藤:ううん、その前から。当時、あたしが一緒に仕事をしてた荒木経惟さんが紹介してくれたのよね。都さんが『1・9・4・7』の写真を見せてくれて、あたしはびっくりして何にも言葉が出てこなくて、ずーっとそれを見てた。そこに写っていたのは、40年生きた女の汚れた手足。モデルの人たちは、あたしよりちょっと年上のお姉さんの年代だった。彼女たちがうらやましかった。
石内:比呂美さんは「毛抜き詩人」って言われていて、すごく興味を持ってたの。
伊藤:その頃は摂食障害で苦しんでもいたから、自傷行為で毛を抜いてたんだと思う。
石内:なかなか会う機会がなかったんだけど、誰かに『1・9・4・7』に文章を書いてもらおうとなった時に、やっぱり伊藤比呂美だなって。それで荒木さんに紹介してもらった。
伊藤:その頃、あたしは荒木さんやほかの写真家とも仕事をしていたけれど写真のことなんてよく分かってなかったし、正直、全然興味がなかった。興味があったのは書くことだけだったから。そこに、都さんの作品が現れた!それから、都さんは私の…なんだろう(笑)。あたし、心底、都さんが好きなのよね。都さんの、傷跡や皮膚、花、着古された洋服を写した写真も、どれも本当にきれい。きれいって言うのか、女を感じる。
石内:ありがとう。
伊藤:その後、共通の友人の新井さんっていう編集者が都さとのヌード写真撮影を企画してくれて。
石内:面白かったよね。二人っきりでロックをかけながら。伊藤さんがどんどん脱いでって(笑)。
伊藤:あたしは40歳くらいで、汚い手足を持っていた。都さんの写真のモデルの一人になりたかった。それで、その一人になった。撮ったのは、都さんの東京のアパートだったよね?口を開けたり、髪を持ち上げたり、性的な目的のヌードとは全然違う。検死みたいだった(笑)。
石内:それを雑誌『SWITCH』に連載して、筑摩書房が『手・足・肉・体― Hiromi 1955』(1995年)という本にしてくれたの。その本を、比呂美さんは詩人たちに批判されて…。誰だっけ、「恥部を天下にさらした」って言ったの?
伊藤:そんなこと言われた?
石内:悪いことは全部忘れてるんだね(笑)。私と逆だよね。悪いことしか覚えてない。良いことは全部忘れてる。
伊藤:なんで?
石内:分かんない。だって、私の写真がそういう写真だもの。
伊藤:横須賀(石内さんの初期の仕事に故郷の横須賀を撮った『絶唱・横須賀ストーリー』、家族と暮らした狭いアパートに似たアパートを撮った『APARTMENT』がある)も?
石内:横須賀のアパートの部屋も、私には悪い思い出しかない。
伊藤:でも『ひろしま』とか『1・9・4・7』は違うでしょう?
石内:『ひろしま』は仕事で依頼されて撮り始めたものだからね。でも、ひろしまを撮るうちに、もしかしたら米軍基地のある横須賀から始まった私は、運命的にアメリカが原爆を落とした広島に出会ったんだって、途中で気が付いた。
伊藤:あたし、ポーランドに住んでたことがあって、お客さんがあるたびにアウシュビッツに行ったんだけど、『ひろしま』の写真展に行った時、都さんに「アウシュビッツの資料館の展示品に似てる」って言ったの。そしたらすぐに「それとは違う。彼らは今も生きてる」って。覚えてる?
石内:うん。それに『ひろしま』そのものは私は過去を撮っているわけじゃなくて、今の自分との関係性を撮っているから。写真は過去は撮れないのよ。今しか撮れない。だから私が生きているのと同じように、遺品たちも私と一緒にいる、その時間と空間を撮る。今までヒロシマの写真は、記録したり、原爆を訴えたりという社会性があって、皆そういう目的意識で撮ったわけだけど、私はそれが全くなかった。それと、今までのヒロシマの写真は、土門拳さんから始まって、男性が撮っていたの。どうしてもそういう「ヒロシマの写真」の歴史がある。でも自分がひろしまを撮り始めてから、これまでのヒロシマの写真は、その時代ごとの意味があり、またそうしか撮れなかったんだなと思った。
ありのままなんて写真にはない
司会:伊藤さんを撮る時に、美しく撮ろうという意識はありましたか?
石内:私はもともと美しいものしか撮らない。傷跡も手も美しい。美しくなければシャッターが切れない。
伊藤:ありのままっていうのが美しい状態でしょ?
石内:まさか。
伊藤:違うの?
石内:ありのままなんてそんな写真はない。だってレンズがあるじゃない。写す側の距離感のはかり方とか、どこにピントを合わせるとかは作為であって、自然なんてことはない。フレームがあって、どこで切るかを決めるわけで、そうでなければ写真を撮るなんて成り立たない。
伊藤:撮る側のアートなんだね。しかし、撮られる側としては、そこでどういう感じでエクスポーズしたらいいのか。
石内:知らないよ?(笑)。それはきみが決めなよ。私は、一回『毎日グラフ』という雑誌で、荒木さんの被写体になったことがある。で、条件を付けたの。「脱がない」って(笑)ちょうどその時、私は赤線跡を撮った『連夜の街』の展覧会をやっていて、そのレポートだった。それで、東京にあった州崎パラダイスという赤線の跡に行って、撮ってもらったの。その時、荒木さんが撮ってたのはモノクロの写真だったんだけど、すごく感動したのは、「都、口紅してないとよく撮れないんだよ」って。モノクロはとにかく口紅をしないと死体みたいになっちゃうから、って。それでしょうがないから口紅を買いに行ったのよね。荒木さんは女性を本当に美しく撮りたい人なのよ。あともう一つ。写真展会場でも撮ってもらったんだけど、会場がすごく暑くて、荒木さんは自分でどんどん脱いでいくのよ。「ああ、こうか…」と思って。そうすると、きっと相手のモデルさんも脱ぎたくなっちゃうんだと思う。もちろん、私は脱ぎませんよ(笑)。でも、そういう方法で撮るのは、体同士の何かがあるのかなあと。
伊藤:体と写真家が?どういうこと?
石内:身体は見たり見られたりで随分違うじゃない。言ってみればカメラって武器みたいなもので、自分を防御しているものだよね。だから写真家の方が強い。私は荒木さんに初めて撮られて、撮られる立場も分かったんだけど。撮られるのを仕事にしているわけじゃない普通の人がヌードになるのは大変だと思うよ。
伊藤:都さんと撮影した時は、そんなふうには感じなかった。恥ずかしいとも思わなかったし、撮られてイヤだってのもないし。都さんはありのままじゃなかったって言うけどさ、あたしは何か、そこに座って一番、自分になる方法を見つけてやっていると、カシャ、カシャって写してくれてるって感じだった。
石内:それはすごくいいコラボレーションができたんだよ。だからいい写真だったじゃない(笑)。
司会:またコラボレーションをするなら、どんなものをお考えですか?
伊藤:あたしは、都さんが木を撮るところを見たい。特にセコイア。あたし、セコイアに恋してるんです。だから、何度も都さんに言ってるんです。「セコイアに行きましょうよーー、連れて行くから」って。もしくは熊本のクスノキ。それか古い杉の木。都さんが撮る樹皮、葉っぱ、葉っぱと空や、葉っぱと土、そうしたものが見たい。それと一緒に何かを書きたい。
石内:うん、木は良いアイデアだね。
伊藤:でしょ。やりましょうよ。
(この対談は、写真展に合わせて10月2日にThe Japan Foundation,Los Angelesで開催されたイベントを再構成したものです。)
石内都展「Ishiuchi Miyako:Postwar Shadows」
開催中(2016年2月21日まで)
The Getty Center
(1200 Getty Center Dr.,Los Angeles・310-440-7300)
火~金日11:00am-5:30pm、土10:00am-9:00pm、月休無料(駐車1台$15、4:00pm以降$10)
〈同時開催〉
「The Younger Generation:Contemporary Japanese Photography」
川内倫子、オノデラユキら、新鮮な感覚で日本のアートシーンを変革した、日本生まれの女性写真家5人の写真展も開催中です。
※このページは「2015年11月16日号ライトハウス・ロサンゼルス版」掲載の情報を基に作成しています。最新の情報と異なる場合があります。あらかじめご了承ください。