日本を代表するロックバンド、LUNA SEA。女子中高生を中心に「SLAVE」と呼ばれる熱狂的なファンを持つが、2000年に“終幕”を宣言し、活動を終えた。その後、メンバーは、各方面でソロ活動を展開。およそ10年の歳月を経て、10年に「REBOOT(活動再開)」を発表した。
今回は、世界ツアーの一環で、2011年12月4日にロサンゼルスライブを開催した同バンドメンバーのRYUICHIとINORANに、REBOOTの経緯や今後の活動などについて聞いてみた。
LUNA SEAというバンドをステージの上で再確認できた
音楽って素晴らしいなぁってことを感じながらライブではギターを奏でていますね。(INORAN)
―REBOOTに至った経緯について教えてください。
INORAN:メンバー全員の気持ちとタイミングが合ったから、と言う以外、説明しようがないですね。タイミングが合う時は、何事も合うもの。今年がその時だったんでしょうね。
―別々に活動していても、メンバー間で心の通じ合いが、休止中もあった?
INORAN:そうですね。もちろん、(メンバー)5人もスタッフもそうです。休止中も応援してくれていたファンも。タイミングってあると思うから、それが1番。
―何がきっかけで、REBOOTへの動きが始まった?
RYUICHI:1番大きかったのは、2007年の一夜限りの再結成コンサートですね。あの東京ドーム公演のリハーサル初日に、みんなの音がすごく太くなって、〝終幕時に比べて、ロックしている度合いが増えていたことがわかったんです。「すごくカッコいいバンドになったなぁ」という実感が、5人の中に強くあったと思うんですよ。「こんなカッコいいんだ、オレたち」みたいな。
それが元になって、「次に何かやらない?」って気持ちが、絶対みんなの中にわいてたと思うし。INORANが言うように、じゃあ7年ぶりに何で復活したんだ、なぜ10年ぶりにREBOOTなんだと言われても、細かいシナリオがあったわけではないし、厳密に考えていたわけではないんです。ただ、「5人が出している音ってカッコいいよな」っていう1点で、お互いのつながりを保っていられたんじゃないかなと。「あいつも頑張っているんだから、オレも頑張ろう!」と、お互いにそういう心のキャッチボールがあってから、今回のREBOOTができた気がしますね。
―REBOOTに際し、バンド結成時の原点に戻っているような感じがしますが?
RYUICHI:メンタル面では、そういう部分があるのかもしれないですね。なぜこのメンバーで、なぜこのバンドだったんだろうということを考えます。バンドに対して、ファンに対して感謝しているし、各々が感じていることを回想しながら、今、新しいLUNA SEAは動き出そうとしています。もう1度、エンジンに火がついた瞬間と言うか。「REBOOT」って言葉に、僕にはそういうイメージがあります。
―別々に活動していたメンバーがもう1度バンドとして集まった時、どんなインパクトがありましたか?
INORAN:それまでみんな、別々に走り続けていたし、集まった時のインパクトはありましたよ。みんな自分の想像を超えるくらいのモノを、いつも持って来てくれるからね。まぁ自分も当然そうだったらいいなと思うし。お互い刺激がすごくありますね。最初、出した音もそうだったし、リハーサルの時もそうでした。
―以前と比べて、何か違いはありますか?
RYUICHI:久々に集まったから、最初はどうなるんだろうと思ったけどね。僕の中では、「必死なんだけれど、余裕がある」っていうか。やっぱり、みんな場数を踏んできたからと思うんだけれど。自分なりに、ライブをやっていても、全体を感じられるようになったなと思います。そして、「LUNA SEAってこういうバンドなんだ」っていうことを、ライブステージの上で改めて再確認しました。それは、10年前の僕にはできなかったことだから。多分、メンバーも皆そういう感覚を持っていると思います。
―では、昔と変わったと感じたところは?
INORAN:日々、進化してるね。人間が太くなっているというか。だからこそ、隣りにいて、音を出すのがすごく楽しい。
R:変わったところはあまりないけれど、大人になったというか(笑)。発信している音が大人になったのではなくて、人間的に。日々、一緒にいると、1つ1つの仕草だったり、発言だったり、行動がすごく大人になったよね、っていう感じはします。ステージ以外でもみんな、イケイケだったから(笑)。今、ステージ以外では比較的大人で、蓄えておいて、ステージで爆発する、みたいな。
―ロサンゼルスがワールドツアーの公演会場に選ばれたのには、特別な理由が?
RYUICHI:実は、他にもパリや上海、北京などから公演のオファーをもらって、色々打ち合わせをしていたんですが、最終的にシェイクハンドできたのが、今回の公演数でした。また、限られた日程でしたので、ドイツ、LA、香港、台湾、日本という流れになりました。僕の希望としては、もっとやりたいんですよね。
僕らはLAにはすごくリスペクトがあるんです。今回、ニューヨークやパリ、ローマ、アテネだとか色んな都市の中で、LAの関係者やファンの声というのが特別強かったんですよ。やはり、選んだのはそこが1番大きかったですね。今回LAライブが成功して、LAでLUNA SEAの評価がすごく高くなれば、「次回、また来てくれ」ということになります。その時は、他の都市からも呼んでもらえるでしょうし、そうなれば僕らにとって幸せなことです。
INORAN:LUNA SEAを待っていてくれる人がいたから。だから僕らは、「行こうLAに!」みたいな気持ちで盛り上がれた。ダラダラやるのはイヤなので、バシッと。 期間を決めて、スケジュールを詰めて。
―LAには、以前に来られたことはありますか?
RYUICHI:ないですね。 ただ、アーティストの友人がLAに別荘を持っていたり、住んでいるので、話を聞いて憧れていたんですよね。いつかは来たいなぁと思っていました。
INORAN:僕も来たことがないです。 到着したばかりで、まだわから ないけど、思っていた想像とは違いますね。滞在が長くなれば多分味がすごく出てくるんだ ろうなと。世界中の人たちを魅 了している都市ですから、今回の滞在でその良いところをつ まみたいと思ってます(笑)。
RYUICHI:僕はニューヨーク からLA入りしたんですよ。マンハッタン のど真ん中にいたん で、それと比べると街 並みが比較的フラッ トですよね。車で移動しながら、ここにこういうポイント、そこから車で30分で別のポイント、さらに1時間でこんなビーチ、っていう風に、広い面に対して、各ポイントがいい感じに分散している街ですね。それから、本当にゆったりした時間が流れていると感じました。
どこの国のライブでも オーディエンスの想いは熱い
―ワールドツアー最初のドイ ツでは、早速反響があったようですが、いかがでしたか?
RYUICHI:ステージやホテルが郊外で、長野の軽井沢みたいな避暑地でしたので、こんな静かな街に何千人ものファンが来るのかなって、僕は最初、正直そう思っていました。実は会場は、もっと街のど真ん中だったんで、ホッとしたんですけれども(苦笑)。
とにかくオーディエンスのパワーがすごい。日本でライブをやっている時以上かもしれない。みんな日本語で歌っているし、国境を越えたすごい感動に、こいつらに負けちゃいけないなぁっていう思いさえあるライブでした。
―日本人ファンは多かったんですか?
RYUICHI:日本人は数十人程度でしたね。イタリアとかスイスからとか、ほとんどがヨーロッパのファンでした。なかにはチリから来たファンもいましたが。そういうファンを見て、本当に日本って、島国なんだなって、実感しました。見たいライブがあったら、ヨーロッパ内なら見 に行くみたいな感覚には、結構驚きました。国境はもちろんあるんですけど、ファンには国境 がないよね。
結成当時、全然想像しなかった空の下で歌っているし、演奏してるし、ライブやってるよね、僕らは。(RYUICHI)
―ステージにいる側から見て、 日本やドイツ、LAで行うライブに違いはあるんですか?
INORAN:どうでしょうね。まぁ、どこでも変わらないよっていうことを、ドイツのオーディエンスが教えてくれたと思う。僕らはオーディエンスから貰ったものを、それ以上にしてオーディエンスに返し、またそれをオー ディエンスが返してくれる。これは、どこの国のライブでも変わらない。音楽の力を信じている者同士だから、変わらないんじゃないかな。
―ライブでオーディエンスに求めることは?
RYUICHI:熱。想いと言うか、気持ちと言うか。ドイツでは、演奏中に泣いている人たちもいて、自分たちがここへ来たことを、こんなに喜んでくれているんだって。それを目の当たりにして、僕らもちょっとウルウルきたんですけども。だから同じようにしてくれという話ではなく、LUNA SEAを求めていたんだという、その想いをストレートにぶつけてほしいですね。
REBOOTしてもっと自由になれる
―海外でも歌詞は日本語のままですよね。それでも熱はちゃんと伝わるんですか?
RYUICHI:ドイツは、 10年ぶりのLUNA SEAのツアーだったし、ヨーロッパで初めてのライブでもあったので、どういう風にコミュニケーションを取ればいいだろうって考えましたね。過去にワールドツアーをやった日本のバンドのボーカリストにメー ルしたりして、どうしたらいいか聞いたんですよ。そうしたら、海外のファンは、ものすごく日本語を覚えてくる、日本語でバリバリ歌ってくるよって話で。本当かな?と思ったんだけど、フタを開けたら、ドイツで本当にそうだった。
MCも片言の英語とかドイツ語で長く話すよりも、ゆっくり日本語で話して、時々ポンとドイツ語や英語で話す方がウケるって言われて。実際にやってみたら、日本語のMCに対してリアクションがあったし、ひと言、ひと言に対して、重みを感じました。それくらい僕たちに、本当にのめり込んでくれているんです。海外のファンが日本人アーティストを探し当てて、好きになるなんてね、そもそもすごいことでしょ。
―物理的、文化的に距離がある分、ひょっとすると日本人ファン以上に熱が高いかもしれませんね。
RYUICHI:東洋の小さな島国にいるアーティスト、LUNA SEAを、世界中の人たちが必死に追ってくれている。そして、その世界に入り込んで、歌詞を覚え、意味を感じてくれ、日本語のMCに対しても反応してくれるっていうのは、本当にうれしい驚きでした。
日本のライブには、日本の良さがもちろんあるし、日本人のオーディエンスのすごさっていうのもあるんだけど、ヨーロッパの人の顔から日本語が出てきた時には、やはり驚きましたね。
―LA公演が終わった後も、香港、台湾、そして日本と続きますが、最終の日本公演まで、いい調子で行きたい?
INORAN:ドイツからバトンを持って走る僕らが、LA、香港、台湾、そして日本へと、ファンをつなげていけたらいいですね。僕は、音楽って素晴らしいなぁってことを感じながら、ライブではギターを奏でていますね。
―ライブを重ねるごとに、そういう想いは強くなっているんですか?
RYUICHI:日本人の文化がワールドワイドに通用するって、日本人としての一つの夢だったりするじゃないですか。それが今回、 第一歩とはいえ感じられていることに責任を感じるし、もちろん、もっと良いものを見せてや ろうという興奮もしています。結成当時、全然想像しなかった空の下で歌っているし、演奏してるし、ライブやってるよね、 僕らは。
―今後の活動は、どんな風に展開していこうと考えていますか?
RYUICHI:実は、まだほとんど白紙なんです。ワールドツアーや日本の公演の手応えなど、色々なものを噛みしめた後に、これからの答えが出て来るんじゃないかなと思ってます。ルーティーンで生きていかないといけないと思っているアーティストが多い中で、LUNA SEAの良いのは、毎年何かをやらないといけないという縛りなどがないところ。REBOOTして、もっと自由になれるんじゃないかな。動くことも、止まることも、しがらみなく感覚的にできるだろうし。
―最後に、LAのファンにメッセージを。
INORAN:今年は心から楽しんで、笑顔で過ごせると良いですね。
RYUICHI:「日本人って、素晴らしいよね」って思ってもらえるように、皆さん頑張っていると思うし、楽しんで生きていると思います。僕らも日本人の誇りとか、 そういう大切なモノを抱いて、 海外でももっとライブをやっていけたらいいなと思います。
その後、10年8月31日に香港で緊急記者会見し、『LUNA SEA 20th ANNIVERSARY WORLD TOUR REBOOT~to the New Moon~』の開催を発表。「REBOOT(活動再開)」が始まった。11年3月16日には、1stアルバムのセルフカバーアルバム『LUNA SEA』をリリース予定。
(2011年1月1日号掲載)