アジア系への攻撃深刻化、認識を改める時

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冷泉彰彦のアメリカの視点xニッポンの視点:米政治ジャーナリストの冷泉彰彦が、日米の政治や社会状況を独自の視点から鋭く分析! 日米の課題や私たち在米邦人の果たす役割について、わかりやすく解説する連載コラム

(2022年6月1日号掲載)

都市を中心に止まらないアジア系への攻撃

冷泉コラム_アメリカ・地下鉄

ニューヨーク地下鉄はコロナ禍で利用者が減っているが、犯罪率は上昇している

コロナ禍による社会不安が恒常化する中で、2020年の後半から全米でアジア系をターゲットとしたヘイト犯罪が増加した。現在でも、この傾向は続いている。20〜21年の全米の被害件数のうち、カリフォルニアが圧倒的に多く、約38%を占めているが、東海岸のニューヨークも16%となっており、全米の半数以上がこの2州に集中している。例えば、ニューヨークの場合、22年2月には中華街でアジア系の女性が殺害される事件が発生。また4月には保護者と一緒に歩いていた日本人の子どもが、すれ違いざまに男に無言で顔を蹴られて負傷するといった事件が起きている。
 
この問題だが、当初はあくまでマイノリティーであるアジア系への差別という認識があった。つまりアメリカ社会においてアジア系の地位が低いといった認識から、犯罪への抗議を通じてアジア系の存在感を高めてゆくのが効果があると考えられていた。例えば、一連のヘイト犯罪の背景には米中貿易摩擦や、はるかに遠い記憶としては20世紀の日米摩擦があるとか、アジア系の女性は従順だという偏見から、犯罪予備軍が加害対象として見てしまう問題なども指摘されていた。あるいはトランプ前大統領が新型コロナウイルスのことを「チャイナ・ウィルス」などと呼んでいたことが差別の背景にあるという認識もあった。
 
けれども、最近の状況を見ていると認識を改める必要性を感じる。特にニューヨークの場合がそうだが、実行犯の多くは有色人種の貧困層であり、犯行の多くが衝動的なものだ。間違った差別意識からの計画的な襲撃というよりも、反射的、直感的に手が出てしまうといった犯罪が多く見られる。ここからは推測を含むが、実行犯の多くはニュース情報には触れることの少ない層と思われる。従って、思想的背景というよりは幼稚な偏見が無意識の暴力に転化していることが想定される。また、実行犯の多くは経済的困窮、精神疾患、麻薬使用による判断力喪失などを抱えていると考えられる。
 
特にニューヨークの場合は、有色人種のホームレスが攻撃してくるケースが多数発生している。一方で、カリフォルニアの場合は実行犯の白人比率が高いようだが、思想的、計画的というのではなく衝動犯罪が多いということでは同じと考えられる。もちろん、トランプ前大統領が扇動した偏見が彼らの認知を歪めていることはあるだろうが、直接の原因ではない。
 
ということは、アジア系が怒りを抱えて抗議したり、自身の地位向上を叫ぶというアプローチは、直接この犯罪予備軍には届かないということになる。むしろ、有色人種を含む困窮層、例えば精神疾患を抱えたホームレスの保護救済などの活動に対して積極的な支援を行うなど、即効性のある対策が真剣に検討されるべきだ。日米韓の在米コミュニティー、あるいは3カ国の在米公館などで、こうした問題は議論されてもいいのではないか。

マスク着用者への偏見とこれから必要なこと

もう一つの問題はマスクである。ヘイト犯罪予備軍の多くは、マスクに対して全くの誤解が刷り込まれている。これは全米に見られる着用強制への反発などとは次元が異なるようだ。特にアジア系が白いマスクをしていると、反射的に「その人がウイルスを撒き散らしている」と思ってしまうらしい。だったら社会的距離を置けばいいものを、反対に「この2年間の苦しみはコイツのせいだ」という衝動が湧き起こって瞬間的な暴力に走ってしまうという。
 
少しでも怪しい雰囲気があったらすぐに逃げる。そうした人々のいそうな地域には近付かないなどの対策が必要だ。一方で、マスクは白より黒などの着色をしておいた方が衝動的な暴力の可能性が低くなる可能性も考えられるが、こちらについては確証はない。この問題に関しては、脱マスクが既成事実化したアメリカ社会において「着用の権利」と「着用者の保護」という問題を強く訴えていく必要を感じる。

冷泉彰彦

冷泉彰彦
れいぜい・あきひこ◎東京大学文学部卒業、コロンビア大学大学院卒業。福武書店、ベルリッツ・インターナショナル社、ラトガース大学講師を歴任後、プリンストン日本語学校高等部主任。メールマガジンJMMに「FROM911、USAレポート」、『Newsweek日本版』公式HPにブログを寄稿中
※このページは「ライトハウス・ロサンゼルス版 2022年6月1日」号掲載の情報を基に作成しています。最新の情報と異なる場合があります。あらかじめご了承ください。

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