日本のハーグ条約批准から4年、いまだ残る問題とは?

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冷泉彰彦のアメリカの視点xニッポンの視点:米政治ジャーナリストの冷泉彰彦が、日米の政治や社会状況を独自の視点から鋭く分析! 日米の課題や私たち在米邦人の果たす役割について、わかりやすく解説する連載コラム

子どもの連れ去りを防ぐハーグ条約の現状

国際結婚が破綻した場合に、一方的に子どもを母国に連れ帰ってしまう事例を防止するために「ハーグ条約」という取り決めがある。日本は、長年このハーグ条約に加盟しておらず、主として日本人の母親が勝手に子どもを日本に連れ帰る事例が日米の外交問題となっていた。そのような母親に対しては、多くの場合アメリカで逮捕状が出たままになっている。

その後日本では、2013年5月から6月に国会でのハーグ条約が批准され、関連法も可決成立した。そして、14年4月から条約と関連法が日本国内でも施行されている。

では、施行後に日米間での状況はどうなっているのかというと、米国務省の年次報告書では、日本のことを「若干の略取がある国(グリーンのカテゴリー)」ではなく、依然として「違法性のパターンが見受けられる国(レッドのカテゴリー)」に入れている。というのは年間の事例発生件数は7件(16年)から4件(17年)と減少しているものの、問題解決に1年以上かかるケースが多く、17年末の時点でも10例が未解決となっているからだ。

米国側からの不満は、2点ある。1つは、母親から強制的に子どもを引き離す際に、日本では「子どもに少しでも精神的ダメージを与えてはいけない」という規則があり、母親が非協力的な場合には執行官が手を出せないという問題である。もう1つは、日本の母親が夫による自分へのDVを主張すると、子どもをアメリカの父親のところに送ることができないという問題である。アメリカ側からすると、DVの定義が厳し過ぎるとか、また元妻との問題はあっても父子の間には問題がない場合でも、日本側は引き渡しを拒否するということが不満になっている。

アメリカの親としては、たとえ10例であろうと米国市民である子どもが「違法な形で、外国に略取」され、父親が子どもを取り返すことができないばかりか、未解決の状態で1年以上も時間が経つ中で、「英語による適切な教育」ができないことに強い怒りと焦りを感じているのは事実だろう。

この報告書のタイトルは「子の拉致(アブダクション)に関するアニュアル・レポート」となっている。アメリカの国務省には、「拉致加害国のくせに、北朝鮮による拉致問題で自己主張をするのはお門違い」だという声もあり、日本政府の一部には、こうした声に対する警戒感もあるようだ。そのために、アメリカに対する妥協を模索する動き、つまり、より厳しく子どもの引き離しの強制執行ができるようにすべきだという意見もある。

引き離しの強制執行の前に日本の制度見直しが必要

私は、このハーグ条約に日本が加入することには賛成してきたが、現状のままで強制執行を強めるのには「ちょっと待った」という立場だ。というのは、日本政府として、アメリカ人の父親から子への愛情には理解を示す一方、子どもから引き離された日本人の父親には依然として冷たいからだ。

つまり、仮に日本国内で離婚となり、親権を母親側に取られた父親たちには、子どもを取り返すどころか、面会権の保証もおぼつかないことが多いのである。日本では、離婚したら、よほどの理由がない限り親権は母親にいくし、親権のない親の面会権は弱い。再婚した場合は、子どもへの面会を遠慮するというカルチャー、再婚相手の女性が、夫による前妻との間の子どもへの愛情や援助を否定できるカルチャーなどが残っており、意に反して父子の絆を諦めさせられるケースが多い。

それにもかかわらず、条約の効力を使って外圧をかけてこられると、日本の裁判所がホイホイと日本人である子どもをアメリカに送るというのは、どう考えても法の下の平等に反する。要するに、ハーグ条約加入と言っても、運用は不平等なのである。問題は単純で、日本の離婚法制が古いまま、「外向けにいい顔」をしたいために条約だけを批准したからだ。強制執行を強化する前に、この点の改善が急務であると考える。

冷泉彰彦

冷泉彰彦
れいぜい・あきひこ◎東京大学文学部卒業、コロンビア大学大学院卒業。福武書店、ベルリッツ・インターナショナル社、ラトガース大学講師を歴任後、プリンストン日本語学校高等部主任。メールマガジンJMMに「FROM911、USAレポート」、『Newsweek日本版』公式HPにブログを寄稿中

(2018年11月1日号掲載)

※このページは「ライトハウス・ロサンゼルス版 2018年11月1日」号掲載の情報を基に作成しています。最新の情報と異なる場合があります。あらかじめご了承ください。

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