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冷泉彰彦のアメリカの視点xニッポンの視点:米政治ジャーナリストの冷泉彰彦が、日米の政治や社会状況を独自の視点から鋭く分析! 日米の課題や私たち在米邦人の果たす役割について、わかりやすく解説する連載コラム

(2023年3月1日号掲載)

育休を阻む日本の年功序列

育児制度

日本の育休制度の取得率は、男性13.97%、女性85.1%(2021年、厚生労働省)。

岸田総理が国会での質疑で、「育休中にリスキリング(学び直し)」を推奨すると発言し、激しい批判を浴びた。育児の苦労を知らないという批判であり、確かに発言としては不用意であった。だが、この問題、実はそう簡単ではない。
 
例えば、ある人が2年間の育休を取得して現場に復帰したとする。すると、育休前に1年後輩だった同僚が自分より職位では1年上になる。そうなると、上下関係が逆転して2人の関係は難しくなる。多くの企業が、育休明けの人材を配置転換する理由の一つであるが、これを本人が「左遷」と受け止めてしまうと、優秀な人材であってもモチベーションを失ってしまうだろう。
 
反対に、2年間の育休の期間に、学び直しにも成果を上げた人がいたとする。仮に、この人物を企業が評価して、育休明けに「栄転」させてしまうと、その人が休んでいる2年間に実務を支え、「忙しくて学べなかった」人は、ヤル気を失うだろう。
 
つまり、育休制度を定着させるには、育児の大変さを周囲が理解するだけでは不十分ということだ。
 
問題は「1年勤続したら1年分給与と職位が自動的に上がる」という年功序列制度と、これとセットである「1年でも早く入社したら先輩なので全人格的に偉い」という「先輩後輩カルチャー」にある。形式的な序列をなくして、人格としては全員を対等とすべきだ。

急には変われないジョブ型雇用

もう一つ、日本で導入の検討がされているのが、アメリカをはじめ世界で一般的な「ジョブ型雇用」である。従来の日本の企業では、終身雇用を前提にあらゆる職種を経験させて「何でもできるゼネラリスト」を育成していた。だが、経営にスピード感が求められる現代では、せっかく専門家を養成しても全く別の分野に異動させてはスキルがムダになる。そこで、職種を転々としながら企業文化にどっぷり浸かる
「メンバーシップ雇用」から、専門職としてレベルアップを目指す「ジョブ型雇用」に変えようというのだ。
 
そもそも「メンバーシップ雇用」などという特殊な制度があるのは世界中で日本だけだ。日本の優秀な人材を海外の企業が狙う中では、日本も遅れを取るわけにいかない。そこで多くの企業が「新卒採用はジョブ型で」という動きを始めている。例えば、生産管理の職種はこれを希望した人から選抜して、入社後はその専門家としてスキルを高めてもらうというわけである。
 
これも簡単ではない。まず教育の問題がある。教育といっても理系の場合はまだいい。機械工学専攻の学生が自動車メーカーに就職するとか、冶金を学んだ学生が金属工業に行くというのは昔からあった。問題はいわゆる日本の「文系」である。例えば財務会計に関して、ジョブ型雇用に移行するのであれば、大学でしっかり財務会計をやり、公認会計士などを取得して企業に入るのが望ましい。だが、大学の側では「文系の即戦力」になる教育は不十分だ。公務員なども、公共行政学というようなコースを設けて、そこでの履修内容を評価して採用すべきだ。
 
企業側にも問題がある。日本の各企業は、「自己流の仕事の進め方」にこだわった実務を続けている。そうすると、大学で専門に勉強してきた人材より
「優秀だが『色の付いていない』人材」を好むことになる。これでは、真のジョブ型採用はできない。
 
アメリカの場合は、連邦法で育児介護休業後に同じ職位と給与を保証しなくてはならない。これは、年功序列がないだけでなく、ジョブ型雇用も大前提になっている。個人が教育と実務で身に付けたスキルは、休業とは無関係に有効という考え方が確立しているからだ。一方で、日本では、個人のスキルは薄くても社内外の事情に翻弄された経験を周囲と共有することで仕事を回す集団主義が残っている。この日本式組織をまず解体しないと、個人のライフプランも成立しないし、全体の生産性も上がっていかないだろう。

冷泉彰彦

冷泉彰彦
れいぜい・あきひこ◎東京大学文学部卒業、コロンビア大学大学院卒業。福武書店、ベルリッツ・インターナショナル社、ラトガース大学講師を歴任後、プリンストン日本語学校高等部主任。メールマガジンJMMに「FROM911、USAレポート」、『Newsweek日本版』公式HPにブログを寄稿中
※このページは「ライトハウス・ロサンゼルス版 2023年3月1日」号掲載の情報を基に作成しています。最新の情報と異なる場合があります。あらかじめご了承ください。

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