共同親権だけでは解決しない親子の問題

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冷泉彰彦のアメリカの視点xニッポンの視点:米政治ジャーナリストの冷泉彰彦が、日米の政治や社会状況を独自の視点から鋭く分析! 日米の課題や私たち在米邦人の果たす役割について、わかりやすく解説する連載コラム

(2023年9月号掲載)

日本でも議論される共同親権

冷泉コラム

国際離婚では、子どもの生活や権利について裁判が長引くことが多い。

国際結婚が破綻した場合に、日本人の母親が子どもを日本に連れ去り、アメリカ人の父親がこれを告発してアメリカから母親への逮捕状が出るという事例が数多くあった。アメリカ政府は日本政府に対してこの問題の解決を強く迫り、2013年には日本が子どもの連れ去りに関する「ハーグ条約」を締結することで一歩前進となった。
 
そんな中、現在の日本ではある家族の問題が話題になっている。台湾人男性と結婚生活を営み、2人の子どものある日本人の元卓球選手福原愛氏が離婚した問題だ。離婚手続きは台湾の裁判所で行われ、共同親権が決定した。その後、福原氏は1人の子どもを夏休みの面会交流で日本へ同行させ、そのまま1年が経過する中で、元夫側からは「未成年者誘拐罪」であるとの告発がされている。
 
興味深いのは世論の動向だ。台湾の世論が父親の味方をするのは自然だが、中国の人々は圧倒的に福原氏に味方している。台湾への反発に加えて、現役時代以来、福原氏が本土で培ってきた人気のためだ。一方、日本では、意外なことに悪者にする意見が多い。悪法だろうが形式的であろうが、とにかく「規則を守るのは善」という考え方も理由の一つであろう。
 
この問題については、日本が共同親権を認めていないので、まず国際結婚の場合は非日本人の親が日本での離婚手続きを拒否することがある。日本では、夫婦間のDVがあれば、子どもにも悪影響があるという考え方からDVの主因となった側の親には子どもとの関係が良好でも親権を与えたくないという考え方が強い。これに加えて、「家」という単位を重視する戸籍制度そのものが共同親権となじまないという問題もある。子育ては母親の責任だとか、再婚した父親は前妻との子どもとの面会を自粛すべきという考え方もある。けれども、日本でもここ20年ぐらい、親権を失った父親が面会権を強く主張するなど「父子の関係を引き裂くな」という声が上がり始めている。その意味で、今回の事件が契機となり日本でも共同親権の議論が活発化することは期待される。

共同親権取得後の親と子の生活は?

では、共同親権が認められ、ハーグ条約とセットで運用されれば問題は解決するのかというと、必ずしもそうではない。そこには、子どもの教育と離婚後の親の将来という問題が残る。現在、日米間の離婚訴訟はアメリカの裁判所で行われることが圧倒的に多い。アメリカ側の親は、共同親権がない日本での裁判を忌避するからで、アメリカの多くの弁護士もそのようにアドバイスするからだ。アメリカで共同親権が認められた場合は、日本人の親はアメリカ人の親の近所に居住することが命令される。両親の間を行き来することが子どもの権利という考え方から、この命令は絶対だ。その結果として子どもはアメリカで英語の教育を受け、週末は補習校などで日本語を学び、両親の間を行き来する。
 
反対に、仮に日本で共同親権が認められた場合、子どもが毎週日米を行き来するのは現実的でない。だからといってアメリカ人の親を日本に居住するように話を持っていくのは難しい。そうなると、夏休みだけ日本というような扱いになるが、その場合は子どもの日本語教育に問題が出る。日本人の親から離れてアメリカで暮らす期間に日本語教育を受けさせることを義務付けるのは難しいからだ。
 
今回の問題は、福原氏の子どもに日本での教育を受けさせたいという思い、そして福原氏が日本でキャリアを追求しながら新しい人生を歩みたいという思いから子どもを日本に留めたようだ。日本人の多くはこれを勝手な行動と見ているが、反対に福原氏が子どもの成人まで台湾での居住を強制されるというのは理不尽とも言える。福原氏のように行動せず、裁判所の命令に従って日本人なのに子どもの成人までアメリカに足止めされている親は数多くいる。ハーグ条約でも、共同親権でもこの問題の解決にはならない。

冷泉彰彦

冷泉彰彦
れいぜい・あきひこ◎東京大学文学部卒業、コロンビア大学大学院卒業。福武書店、ベルリッツ・インターナショナル社、ラトガース大学講師を歴任後、プリンストン日本語学校高等部主任。メールマガジンJMMに「FROM911、USAレポート」、『Newsweek日本版』公式HPにブログを寄稿中
※このページは「ライトハウス・カリフォルニア版 2023年9月」号掲載の情報を基に作成しています。最新の情報と異なる場合があります。あらかじめご了承ください。

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