多くて煩雑な日本のハンコ
菅内閣の河野太郎行政改革担当大臣は、行政改革の一環として「脱ハンコ社会」を進めると宣言。行政手続きに必要なハンコを9割以上削減すると明言した。確かに、日本の事務仕事にはハンコがつきものであり、そのために非効率となっている。
ハンコは、新型コロナウィルスの感染拡大を受けた非常事態宣言の期間にも大きな問題となっていた。日本でも、多くの職場で可能な限り在宅勤務が進められたが、その一方で押印の必要な担当者は、感染の危険を冒して電車に乗り、都心のオフィスまで通勤を強いられた。その多くが、経理、総務、人事といったアドミ部門であり、図らずも日本の企業社会におけるアドミの非効率性が露呈した形となった。
なぜかというと、日本の企業では、官庁への届出、企業同士の契約書や通告書、あるいはマスコミ、一般社会に向けての宣言など、いわゆる公式の文書にはハンコがつきものだからだ。企業の中で使われる決済書類の場合は、メールの文章で承認したり、ハンコの代わりに電子承認システムが使われるようになったが、対外的な公式文書については、なかなか止められない。
日本では個人の生活においても、ハンコは欠かせない。そして、多くの家庭の場合は三つのハンコを使い分けている。まず一番使うのが「認印」という簡単なハンコだ。これは宅配便の受け取りから回覧板を見たという確認印、そして役所への申請書などに使う。より正式なものとしては「銀行印」で銀行取引に使う。そして、最も重要なのは「実印」といって役所で印鑑登録をしたものだ。土地建物の登記や相続など、重用な取引の場合はこの実印を使い、その際には役所の発行した印鑑証明を添える。
会社の場合も、同じように三つのハンコを用意して使い分けている。丸印が二つと角印が一つの計三つである。丸印の一つは会社の銀行口座に登録されている「銀行印」であり、もう一つは「代表取締役印」だ。会社の角印は個人の「認印」の役割に近く、銀行印の意味合いは個人も会社も一緒、そして代表取締役印は会社の登記の際に届けるので個人の実印と一緒である。
とにかく個人も会社も、最低三つのハンコを使い分けなくてはならない。また、個人の場合は銀行印や実印は偽造防止のために、木や強化プラスチック、最近ではチタンを使った高価なものなどが良いとされる。会社の三つのハンコに至っては、どれも特注品で高価なものとなる。また会社の場合は特に勝手に捺印されないように、ハンコは金庫にしまって管理し、承認された書類にだけ、ハンコの担当者が押すことになっているようだ。
脱ハンコを阻む日本社会、一番の問題は?
ハンコ社会の問題は、多くのハンコを使い分けることが煩雑なだけではない。ハンコというのは、紙の書類が前提になっているだけでなく、ハンコを押した原本が大事という考え方が基本にある。その結果、原本を確認しないと契約や手続きは成立しないし、また手続きの証拠として原本を残して保管する必要がある。また、原本を送るためには郵送か、もっと重要な場合は書類を持参する必要があったりする。結果として、日本の事務作業は極めて非効率となっているのだ。
菅政権は政府を挙げて「脱ハンコ」に取り組むとしており、官公庁におけるハンコの追放が始まっている。だが、一番の問題は現場の人々の心理だという。立派な角印を押さないと会社として信用してもらえないのではないか、署名捺印のある請求書や領収書がないと税理士に怒られるのではないか、といった法律とは無関係な思い込みが多くの日本の企業を縛っているからだ。
結局のところは、ハンコや原本を重視する形式主義ではなく、グローバルな社会で定着している実質主義を日本の社会も学ぶ必要がある。契約書という形式ではなく、双方の合意という内容を重んじて、良い意味での契約社会へと成熟させることができれば、脱ハンコは簡単に進むのではと思う。
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(2020年11月1日号掲載)
※このページは「ライトハウス・ロサンゼルス版 2020年11月1日」号掲載の情報を基に作成しています。最新の情報と異なる場合があります。あらかじめご了承ください。