生活習慣や文化が生んだ感染症に強い日本社会
新型コロナウイルスの感染で、日本は、1月から2月に起きた中国ルートの感染とクルーズ船の下船者に関して、感染の連鎖を抑えることに成功した。これによって3月末から一気に拡大した第二波への対応においても、欧州やアメリカよりも感染ペースをスローダウンさせることができている。
その理由としては、日本社会の特質が考えられる。まず指摘できるのが社会における衛生概念の浸透だ。例えば、日本では料理店から駅弁、航空機の機内食サービスまでおしぼりが出てくる。これは、単なるサービスということではなく、食事の前には手を洗うという習慣のバリエーションと考えられる。食事前、外出後、トイレの三つについては、日本の場合は強く習慣づけられていると言っていいだろう。これに加えて土足で室内に踏み込まないという習慣もある。そもそも家の玄関の構造がそうなっている。温泉旅館などでは入館時に靴を預けて室内では足袋を履いて過ごし、靴を脱いで上がる料理店というものもある。これも、室内を清潔に保つ上では効果がある。
こうした衛生概念の浸透には教育の役割が大きい。学校では上履きと下履きの区別を厳格に教えるし、校舎の中にも外にも手洗いの施設があって石鹸が常備されている。また、学校によっては衛生検査といって、ポケットにハンカチとティッシュが必ず入っているか、爪が伸びていないかを確認するのが習慣化されている。近年は、これに歯ブラシとマスクの持参を加えて、チェックポイントを五つに増やしている学校もある。考えてみれば、掃除当番を子どもにさせるのも、衛生概念の普及という考え方の一つと言えるだろう。給食の際に当番を決めて、白い割烹着に帽子とマスクを着せ、盛り付けの指導をするのも同じ理由だ。
食文化ということでは、日本料理では食べ物を手づかみすることはタブーであり、特に主食に関して言えば、パンを取り回す文化に比べると、ご飯を茶碗に取り分ける文化は確かに安全性が高い。手づかみで食べる握り寿司は例外だが、それこそおしぼりが何度も登場して衛生に配慮する。
その他、電車やバスからオフィスビルまでできるだけ窓を開けられる構造にするとか、住宅設備や家電製品などでは表面に抗菌処理を行う、あるいは対人関係では、頻繁に握手をしたりハグやキスをしたりしないなど、社会に衛生概念が浸透している。こうした生活習慣は、トータルで感染症に強い社会を生み出している。
なかなか進まない日本のリモートワーク
一方で、最大の弱点はリモート勤務が苦手ということだ。アメリカでは、今回のコロナウイルス感染拡大を契機として、オフィスワークについては限りなく100%近い比率で在宅でのリモート勤務に移行した。
だが、日本では試行錯誤が続いている。一つには紙とハンコによる事務仕事を止められない問題がある。請求書や領収書は紙で作成し、印紙を貼って捺印したものを郵送する。受け取った方では決済書類を回して最後にはファイルするという紙の仕事のために出社しなくてはならない人が出てしまう。
もっと深刻なのは事務の標準化ができていないという問題だ。中小企業だけでなく、大企業も法律や制度のグレーゾーンを使って費用圧縮や節税を行っているので、自己流の事務仕事が止められない。すると決算や年度替わりには、社内の書類を参照して会議を行う必要から、出社しなくてはならなくなる。
危機が進行しているのに、営業のためにはお得意さん回りが必要で、危機対応の借り入れを行う際にはネットバンキングでは対応できないなど、商習慣の古さも問題だ。
感染対策にはそれぞれの国柄が出てしまうのは避けられないが、お互いに、他国の成功事例を取り入れることは大切だ。アメリカでもマスクが普及したが、より踏み込んだ衛生概念の浸透も必要で、その場合には日本式は一つのモデルとなるだろう。
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(2020年5月1日号掲載)
※このページは「ライトハウス・ロサンゼルス版 2020年5月1日」号掲載の情報を基に作成しています。最新の情報と異なる場合があります。あらかじめご了承ください。