(2023年10月号掲載)
強制退避のアメリカ
ギリギリまで新幹線の走る日本
地球温暖化は、日本の場合は台風被害という形で現実の脅威となっている。これに対して、気象庁や政府、地方自治体は予報の精度向上を図る一方で、防潮堤や治水工事など防災・減災対策に努力してきた。その一方で、実際に台風が接近した場合については、アメリカから見ていると、日本の対応には違和感を感じることもある。
一つは、避難が遅く、しかも徹底しないということだ。アメリカの場合はハリケーンが接近すると、上陸して被害が予想される時間から逆算して72時間(3日)前に州知事などが非常事態宣言と避難命令を出す。その前後から、被害が予想される地域の住民は多くの場合は車で安全な地域を目指して避難を開始する。そのために多くの州間高速道路は大渋滞となる。そして、上陸の24〜12時間前になると、風雨が強くなくても高速道路や鉄道などは通行止めになる。全てが前倒しである。また、避難命令は「Mandatory(強制)」であり、命令を無視して危険地域に留まることは原則禁止とされる。
これに対して、日本の場合は避難所の開設も含めて対応が遅い。風雨が強くなってレベル4という警報が出たタイミングで避難勧告、避難指示が出る。その上で、さらにレベル5の特別警報になると「危険なので垂直避難に切り替えてください」などという奇妙な指示に替わる。要するに屋外が危険なので、せめて2階に逃げろということだ。反対に、青空が見えるうちに避難する車の大行列というのは全く起きない。
日本の場合には、公的交通機関がギリギリまで運転されるということもある。この夏の台風7号の場合、関西を中心に大雨被害が予想されており、8月14〜16日の運転休止を各社が検討した。だが、世論やメディアが猛反発したために運休は15日だけとなった。結果的に16日には運転したことで、大雨被害のために新幹線が途中で動かなくなり乗客の車内閉じ込めが発生すると、今度はJRに非難が殺到した。反対に、運休したが台風の経路が逸れた場合、つまり「計画運休の空振り」が起きると、世論の怒りが鉄道会社に殺到する。
報道、リーダシップ
日米で異なる向き合い
2番目は、報道体制だ。アメリカの場合は、実際にハリケーンが接近した場合は時々刻々と情勢が変わる様子を、ローカル局が通常の番組を全て飛ばして特番で対応する。特に台風に伴う竜巻、猛烈な降雨については、リアルタイムでピンポイントの警報を出すし、気象台とテレビ局、携帯電話の警報サービスが連携して注意喚起がされる。ところが日本の場合は、雨雲レーダーの情報はネットで公開されているが、詳しいピンポイントでの注意喚起などは、テレビでは対応していない。有資格者しかしゃべってはいけないとか、危険かどうかを勝手に判断して報道することが許されないなどの事情があるようだ。
アメリカの場合は、暴風や豪雨の恐怖をリアルに伝えるために、訓練された記者がずぶ濡れになって生中継をする習慣がある。日本の場合も、昭和の時代にはよく行われたが、現在は皆無となった。安全確保について記者の人権を尊重しているからだけでなく、偉そうなマスコミが万が一事故を起こすと地元に迷惑をかけるというロジックで、激しいクレームが殺到するのだという。これも根本的に間違った考え方であると思う。
3番目は、危機にあたってのリーダーシップである。アメリカでは多くの場合、事前の避難命令も、被災した場合の復興の陣頭指揮も州知事が率先して行う。一方で、日本では知事のリーダーシップが顕在化することはない。少なくとも、事前の避難勧告や計画運休については「空振りしたら私を責めてもらって構わない」と胸を張って知事が表面に立ってみてはと思う。
日本は防災に関する技術や設備ではアメリカより進んでいる。これに、人々の心理や行動を少し変えるだけで、少なくとも人的被害は劇的に減らせると思うのだが、どうであろうか。
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