まだまだ圧倒的に男社会のスポーツの世界外国人女性がアスレチック トレーナーとして働くのは、 本当に難しい
アスレチックトレーナーを取り上げたテレビの特 番を観たのがきっかけで、 その道に進むことに 決めたルック辻野史枝さん。 日本では専門的な 教育を受けられる学校が、 当時あまりなかった ことから、 本場アメリカで学ぶことを決意。 大学 院まで卒業し、 資格を取得した。 〝アスレチックト レーナー〞 という仕事の中身と醍醐味を聞いた。
そもそもアメリカで働くには?
- アメリカで働くためには、原則として合法的に就労可能な「ビザ」が必要になります。
アメリカ・ビザの種類と基礎知識 - 日本から渡米してアメリカで働く方法として、18ヶ月の長期インターンシップも選択肢の1つ。
アメリカでワーキングホリデーのように働く!「J-1ビザインターンシップ」徹底解説
選手からサポーターに転換 念願果たして公式資格を取得
父は高校の全日本クラスの選手 も指導するような体操の監督でし た。 それで、 一緒にアリゾナに遠征し たのが、 アメリカとの出会いです。
それまで私は、 体操の選手だった のですが、 ワシントン州で活躍する 日本人アスレチックトレーナーの特 集番組を、 偶然見たのがきっかけで、 選手からアスレチックトレーナーを 志すことにしました。 スポーツ関連 の分野で、 人の世話ができる仕事に 就きたいと思っていましたから、 そ の番組を見た瞬間に 「これだ!」 って 思いました。 この仕事こそ、 私に一番向いていると感じました。
英語が苦手だったので、 高校卒業 後に語学を学ぼうと英語の専門学 校に通い、 1996年に渡米しまし た。 私1人での渡米を父が心配した ため、 スタンフォード大学で体操の ヘッドコーチをしていた父の知り合 いを頼って、 北カリフォルニアにやっ て来ました。
半年ほど語学学校で学んだ後、 アスレチックトレーナーの養成プ ログラムが充実していると評判の フットヒルカレッジに進学しまし た。 在学中は、 主にNATA ( National Athletic Trainers’ Association)とい う団体の歴史やトレーニングルー ムのセットアップ法や道具の使い方 などを習いました。 ラボの授業では、 テーピングの切り方や片足を遅く とも1分半で巻き上げる訓練のほ か、 スポーツ外傷や障害について学 習しました。 また、 ケガの種類によっ て、 どんな治療が必要か、 治療に何 が必要か、 なども学びました。
公認のアスレチックトレーナー になるには、 NATAが認定する4 年制大学の卒業資格が必要なため、 カリフォルニア州立大学サンノゼ 校に編入しました。 さらに、 学士号 取得後は、 同校の大学院に進みまし た。 在学中にサンノゼにあるリーラ ンド高校で3年間インターンとし て勤務しながら、 2008年に試験 を受けて、 ATC ( Certifi ed Athletic Trainer)の資格を取得しました。し かし、 取得後も定期的に講習を受け て、 常に最新の知識と情報を修得し なければなりません。
女性には大変な職業だが プロとしての矜持を持つ
私は今、 デザートホットスプリン グスの高校で働いています。 ここで の勤務は、 今年の8月から来年の6 月半ばまでの 10 カ月。 その後は、 サ マーキャンプなどで仕事をします。
普段は午後2時に学校入りし、生徒たちの授業が終わる3時頃ま で、 事務や雑務をこなします。 3時に なったら生徒たちが、 練習前にアス レチックトレーニングルームにやっ て来ます。 テーピングを巻くことか ら始まり、 選手たちを練習に送り、 ケガしている子がいたら、 その診察 や治療にあたります。 リハビリも行 いますし、 時間がある時は、 フィール ドに行って、 選手たちにどういう練 習をしているのか、 調子はどうなの か声をかけます。
その後は、 診断書 ( Injury Report ) などを書きます。 やっと落ち着くの は、 大体5時半くらいですから、 出 勤後、 3時間半はフル回転です。 ど の生徒も6時くらいには練習を終え ますので、 必要に応じてケガの手当 てなどをします。
今まで色んなスポーツチームで 働きましたが、 まだまだ圧倒的に男 社会のスポーツの世界で、 女性、 しか も外国人がアスレチックトレーナー として働くのは、 本当に難しいこと だと感じています。
練習前後や試合前後の着替えの 時には、 女性の私はロッカールーム に入ることはできません。 選手の中 には、 女性である私に入って来てほ しくないと思う人もいますから。 だ から、必要な時は、必ずドアの近く にいる子に 「誰々はいる?」 と聞きま す。 そうすることで、 私がロッカーに 入る必要はありません。 もちろんこ ちらは、 プロとして仕事をしている わけですから気にしませんが、 選手 に不快感を持たれる以上、 やはり立 ち入るわけにはいきません。
私がインターンをしていた 05 年 に、 MLBのホワイトソックスの春 季トレーニングに参加しました。 し かし、 アウェイでのゲームには、 ほと んど同行させてもらえませんでし た。 理由はやはり、 相手チームのロッ カールームがどういう状態かわか らないから、 女性を連れて行くこと はできないということでした。
大変なことは色々あります。 例え ば、 主力選手が大きなケガをした 時。 数日間は試合に出場できないと 判断しても、 コーチにしてみれば、 刻も早く出てもらいたいわけです。 私としても、 何とか出させてあげた いのですが、 無理して出したら症状 が悪化する場合もあります。 ある意 味、 私もとてもプレッシャーを感じ ます。 その選手にどんな治療を施せ ばいいのかなどの状況把握と先をど う読むかが、 とても難しいですね。
高校生は、 大学やプロの選手と比 べ、 若い分、 治りが早いのですが、 逆 に身体を休める期間も必要なんで す。 ですから、 いくら焦っても、 その 時期はどうすることもできません。 回復したら、 後はどういうテクニッ クとスキルでリハビリするのが一番 有効か、 そんなことばっかり考えて、 頭が常にいっぱいになっています。
仕事を続ける条件は 心からスポーツを愛すること
ケガをした選手が、 フィールドに 戻って活躍している姿を見た時、 「こ の仕事をやっていて良かった」 と思い ます。 子供たちも皆かわいいし、 ワイ ワイ賑やか。 そういう環境で仕事が できるのがとても楽しいです。
独身の時は、 プロチームで働くこ とも考えましたが、 結婚後は、 家庭 と仕事を両立させることに重点を 置いています。 ですから、 長期遠征 がない地元の高校でアスレチック トレーナーを続けたいと思っていま す。 私もそうでしたが、 アスレチック トレーナーを目指す人なら、 誰しも プロの世界に挑戦してみたいと思う はずです。ですが、その前に高校、大 学と、 それぞれのレベルを経験して みてほしいと思います。 仕事の内容 は、 どこにいても変わりませんが、 経 験できる内容は変わってきます。 す べてを経験した上で、 自分がどこに いたいのかを決めても遅くはないと 思いますよ。
そして、 あまり好きではなくても、 さまざまなスポーツで仕事をしてみ るのもオススメです。 それぞれのス ポーツによってケガに違いがあり、 多彩な経験が積めるので、 価値はあ ると思います。 実際私も野球はあま り興味がありませんでしたが、 イン ターンを経験して大きなものを得 たと思います。
最終的にプロの世界で仕事がし たいという人は、 インターンシップ を利用するといいでしょう。 セミ ナーやNATA系のコンファレンス、 ミーティングなどに積極的に参加 し、 その世界の人たちと知り合いに なること。 そういった地道な活動を 経て、 ネットワークを築くことが、 プ ロチームで働くためにはとても大切 だと思います。
アスレチックトレーナーの仕事 は、 心から好きでないと続きません。 私のように高校で働く場合は、 ある 程度自分の時間を確保できる生活 が送れますが、 大学やプロの世界に 行くと、 チームのスケジュールに自 分の生活を合わせることが要求さ れますから、 自分の時間がまったく 取れません。 あと、 お金儲けを考え ている人にも、 この仕事はあまり向 いていないかもしれません。 心から スポーツを愛し、 選手のお世話をし ていきたいと思える人でないと、 続 かないと思います。
とにかく、 セミナーなどに出席し、 常に色んなことを学ぶ姿勢でいてく ださい。 私も大学院を卒業したとは 言え、 まだまだ学ぶことがたくさん。 医学は日々進歩していますから、 今 までの 〝正解〞 が 〝間違い〞 になること だってあります。 ですから、 研究に基 づく勉強はとても大切。 いったん学 校を出てしまったら、 後は自分の責 任で学ぶしかないですからね。
(2010年12月1日掲載)