アメリカで改めて知った日本の美
着物の可能性を信じ、その世界を広めたい
山野流着装教室の講師として、また着物ショーや撮影、着物コスチューム制作に携わる着物エージェンシーのスタイリストとして活躍する寺内さんと石井さん。アメリカで出会った着物の美を広めようと、アートにファッションに、その活動範囲を広げている。着物を通して日本人としての自覚が深まったという2人に聞いた。
そもそもアメリカで働くには?
- アメリカで働くためには、原則として合法的に就労可能な「ビザ」が必要になります。
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伝統やアートとして エコとしての着物も伝授
寺内(以下・寺):ひと言で着物と言いましても、私たちの仕事は多岐にわたっています。まず、山野愛子ジェーン宗家の山野流着装教室の方では、一般の方や美容関係者などを対象に、アシスタント講師として着付けも教えています。
昨年10月に立ち上げたSUEHIRO KIMONO Agencyでは、着物のレンタルから撮影、着物モデルの派遣を含むイベントの企画・開催まで、幅広い業務を行っています。撮影には、結婚式やお宮参り、成人式といったご家族の記念写真や、モデルを使った広告やポスターの撮影、映画撮影があります。また、パーティーやイベントへの着物モデルの派遣や、著名人のパーティー用の着物レンタルや着付けなども行っています。
石井(以下・石):ここ数年、「ミス・アジアUSA」にも携わっています。全米一のアジア美人を決めるページェントなのですが、各国の伝統衣装を身に着けて美を競うという部門があり、我々は日本代表の衣装や撮影を担当しています。どの国の民族衣装も伝統衣装を超えた派手な物が多いんですね。その中で、日本の着物をいかに芸術性の高い、目を引く衣装にアレンジするかが、私たちのチャレンジとなっています。
また、先日はある日本人学校で、非営利団体主催の地球温暖化防止イベントの一環としてワークショップとショーを行いました。そこでは、着物は世代を超えて受け継がれていくものであり、リメイクやホームデコレーションにもなる、1本の帯にもさまざまな結び方で楽しむことができる、といった「エコとしての着物」を伝えました。
寺:結婚式やお宮参りといった一般の記念撮影については、ここアメリカでも日本の伝統を踏まえた装いを提供できるよう努力しています。一方、雑誌の撮影やページェントなどでは、アートとしての着物もアピールすることを心がけています。石:着物は鑑賞するもの、アートでもあるんです。それを視覚的に伝えるために、例えば我々のウェブサイトでは、着物の美しさを引き立てるために、バックを黒くするなど、デザインに工夫を凝らしています。
イベント・アパレルから 自分でも意外だった転身
寺:私は人を喜ばせることが好きで、大学卒業後はバーテンダーの修業をしました。その後、イベント会社に勤め、東京モーターショーなどのイベントの企画・運営に携わりました。そして、パーティープランナーの勉強をしようと思い、1年くらいの滞在予定でアメリカに渡りました。
ロサンゼルスではユダヤ系アメリカ人の経営するパーティーレンタル会社で働いていたのですが、ある時、押元先生の着装教室の伝達式の手伝いをする機会に恵まれて。そこで目にした皆さんの着物姿にすっかり魅了されてしまったんです。「これは美しい」と。日本では関心のなかった着物ですが、ここアメリカで、その魅力に気付かされたんです。そこで早速、押元先生の教室に入りました。
押元先生は日米で20年以上の着付けのキャリアを持ち、2006年に全米で初めて免状を与えられる着装教室を開いています。また、ファッション雑誌や国際的なショーにも携わり、今後は映画業界にも進出したいという構想を持っていました。そんな先生の話に興味を持ち、自分もここで着物の仕事をやってみようと決意したんです。
石:私は日本でアパレル業界にいました。卸会社でメンズ・ファッションの営業を4年半ほどしていて。ですが、これまで海外に出たことがなく、1度は海外生活を経験してみたいと思い、渡米を決意。英語ができなかったので、日本人が多く住み、知り合いのいるロサンゼルスにやって来ました。当初は半年か1年くらいの予定でした。
寺内さんは、元々こちらでのルームメイト。着付けを習うと聞いて驚きましたが、山野ジェーン宗家の名前は知っていたので、自分も興味を持って入門しました。これまで自分は着物に対して堅いイメージを持っていましたが、押元先生の持つ着物に対する革新的なビジョンに感動したんですね。ただ伝統的な着付けを習ったり教えたりするだけでなく、着物を現代社会に活かすという世界があるんだということを知り、その可能性を感じました。
寺:海外で男が着物の仕事をするなんて、理解しがたいことかもしれませんが、両親は応援してくれて。我々の卒業式に、日本から来てくれたんですよ。そして父は、日本に帰ってからその式の様子を、わざわざ石井さんの実家まで行って伝えてくれて(笑)。親戚からは、アメリカじゃ手に入りにくいだろうと、男物の着物を親戚中から集めて送ってくれました。
次世代の日本文化を担う 代表者という使命感
石:これまで日本で洋服の仕事をしていた私が、アメリカで逆に着物の仕事をするようになったのは、不思議な縁ですよね。着物を着るようになってから、自分が日本人であることをより意識するようになりました。日本の文化を伝える仕事をしているという使命感もあります。
また、着物を通して我々の先祖の考え方を学んだり、着物や日本に関心を持ってくれる日本人以外の方々と出会い、交流していく中で、これから未来の人々の可能性を考えたりすることも。先日はニューヨークから有名女性シンガーが、東日本大震災のチャリティーコンサートを着物を着てやりたいと、私たちを訪ねて来られました。この仕事に就いてから、自分の考え方が大きく変わり、また人脈や視野が広がりました。
寺:日本文化を伝える日本人代表として見られることも多いですね。先日は、宮本武蔵をテーマにしたハリウッド映画『SWORDSMAN』で着付けを担当したのですが、刀の引き方や神前式の結婚式をどうやるのかと聞かれました。我々はほぼ毎日、着物で暮らしていますが、常に清潔であることはもとより、身のこなし、手の動きなど、見えない部分にも気を配るようになりました。
着物は平面的な物ですし、デザインも皆同じです。これを着る人に合わせて立体的に着付ける。また合わせ方もさまざまですので、着付けとは着物をデザインしているようなものです。着付けはやればやるほど、奥深い学びがありますね。普段から感性を磨くように、自然や建築物、店のディスプレイなど、色々な物の〝色〞を、意識して観察するようにしています。
石:これからは、ファッションやアート、エンターテインメントの世界で、もっと着物を打ち出していきたいですね。着物には独特な〝パワー〞があります。伝統の着物を基礎にしながら、ドレスとのコラボを試みるなど、ファッションやアートとしての感覚を入れていきたいです。さまざまな人たちと出会っていく中で、新しいアイデアが生まれ、新しい着物の世界が広がっていくと思います。
寺:ハロウィン前の週末には、モダンでポップな「ファッション・アートショー」を企画しています。第1回のテーマは「月と太陽」で、ハリウッドで活躍する日本人作曲家と、ヨーロッパを中心にアジアでも活躍しているスウェーデン人のセットデザイナー、押元先生の着物コスチュームをコラボさせます。着物の良さを知る私たちは、その良さを伝えていく必要があります。ただ、「日本の物が良い」という思いが、日本人の中で終わってしまってはいけません。これからもっと、アートやファッション界で、世界を舞台にしたいと思っています。その上で我々には、着物という独自の文化があるからこそ、日本人ということがプラスに働くのではないかと思っています。
(2011年8月1日号掲載)