ドジャースが自信を与えてくれ
カイロが無限の可能性を与えてくれた
アメリカで夢を実現させた日本人の中から、今回はアスレチックトレーナーの友広隆行さんをご紹介。留学のために渡米後、アスレチックトレーナーの免許を取得。ドジャースのトレーナーとして活躍するかたわら、カイロプラクティクスを学び、現在は、数多くの日本人アスリートの治療を手掛けている。
そもそもアメリカで働くには?
- アメリカで働くためには、原則として合法的に就労可能な「ビザ」が必要になります。
アメリカ・ビザの種類と基礎知識 - 日本から渡米してアメリカで働く方法として、18ヶ月の長期インターンシップも選択肢の1つ。
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アメリカで知ったスポーツ医学の世界
8歳の時からサッカーばかりやっていました。ところが高校の頃に膝を痛め、医者に「元に戻らないからサッカーは止めなさい」と言われました。それでも続けていたのですが、医者の言葉はずっと頭のどこかに残っていました。
高校を卒業後、狭い日本を飛び出したいと思い、92年に渡米しました。サンタモニカ・カレッジに通っていた時のこと、私より重傷を負った人が普通にサッカーをしているのを見てびっくり。アメリカのスポーツ医学がいかに進んでいるかを目の当たりにした気がしました。それがアスレチックトレーナーを目指す最初のきっかけになりました。
カリフォルニア州立大学フラトン校に編入すると、物理療法などの専門課程を取りました。勉強は大変でしたが自分のやりたいことだったので、とてもやりがいがありましたね。国家試験も難しく、3回目でやっとすべての科目に合格。2000年に資格を取得しました。
大学卒業後は、派遣で企業や学校などに勤めていましたが、次第にアスレチックトレーナーとしてできる治療範囲に限界を感じるようになりました。基本的に物理療法と運動療法が中心ですが、医者のように自分の手を使って治療することはできません。治療内容はカイロプラクティクスと似ている部分もあるのですが、カイロプラクターは医師なので治療範囲が広がります。また、ずっと立てなかった子供がカイロによって立てるようになり、治療後、お母さんに飛びついた症例を見て感動しました。カイロには無限の可能性があると気づいたのです。そこで、仕事をするかたわら、サザンカリフォルニア・ユニバーシティー・ヘルス・アンド・サイエンス(旧ロサンゼルス・カレッジ・オブ・カイロプラクティック)に進学しました。
大学に行きながらドジャースのトレーナーに
アスレチックトレーナーの協会がMLB(メジャーリーグ・ベースボール)でトレーナー養成のプログラムを行っているのを知ったのはその頃です。ぜひチャレンジしたいと、ロサンゼルス・ドジャースに応募しました。300人もの応募があったそうですが、ちょうど野茂英雄選手や石井一久選手が在籍していた時期で、運良く採用されました。カイロの勉強をしていたのもプラスになりました。
就職が決まった時は、ワクワクしました。アメリカは世界のスポーツ医学のトップレベル。その頂点にあるメジャーリーグでは、どんなにすごい治療やトレーニングが行われているのかと期待していたのです。でも現場では、学校で
学んだことや自分がしてきたことをまさに実践していて、さらにもっとこうしたらよいと思う部分もありました。これが今まで暗中模索だった自分に一筋の光を与えてくれ、改めて学校で学ぶ内容のレベルの高さを再認識しました。
ドジャースはアットホームなチームで、関係者の方々は私を温かく迎えてくれました。今でもドジャースで仕事ができたことを誇りに思いますし、トップクラスのアスリートと仕事ができたのは、私にとって大きな自信と経験にな
りました。
04年にカイロプラクターの資格を取得し、05年にはクロマティー監督率いるジャパン・侍ベアーズのトレーナーを務めました。侍ベアーズは、カリフォルニアとアリゾナに8チームを抱える新しい独立野球リーグ「ゴールデン・ベースボールリーグ」のチーム。3カ月で90試合を消化するので大変でしたが、その分選手との絆が深まり、自信にもつながりました。現在は、野球、ゴルフ、サッカー、テニス、ホッケー、ボディービル、ダンスなど、あらゆるスポーツに関わる日本人アスリートの治療にあたっています。
一生懸命努力すれば、結果は必ずついてくる
これからは、日本にもリハビリの素晴らしさとアスレチックトレーナーの存在を広めたいですね。日本でトレーナーはマッサージをする人と思われがちですが、アメリカでは100年も前の考え方。トレーナーの第1の任務は救急救命です。高校時代、サッカーの試合中に相手チームの選手が死亡する事故がありました。トレーナーの仕事が、日本でも末端まで広がっていれば、その少年も一命を取りとめたかもしれません。
第2の仕事はリハビリです。日本でもリハビリに対する認識を深めるとともに、医師や物理療法士の意識改革が必要だと思います。「患者を治している」というのは間違った認識で、実際にリハビリをして治すのは患者さん自身。私たちは手を貸しているにすぎません。医者に「難しい」と言われると、あきらめてしまう人も多い。アスリートはモチベーションも高いですが、一般の人は周囲の理解とともにモチベーションを高め、維持することが重要です。
第3の仕事は傷害予防で、すべてのスポーツで傷害がゼロになることが我々の最終目標であり、本当の使命でもあります。
アメリカでは、一生懸命努力をしていると、結果は必ずついてきます。ですから何をするにしても、続けることが重要です。日本と違い、出る杭は打たれないのがアメリカです。私は知っている人もいないのに、ドジャースで仕事をさせてもらうことができました。これからアメリカを目指す人も、ぜひがんばってほしいと思います。
(2006年5月16日号掲載)