映画バイヤー(その他専門職):附田斉子(つけだ なおこ)さん

ライトハウス電子版アプリ、始めました

顔と顔を突き合せるヒューマンタッチを
大切にしてこそ、いいビジネスができる。

アメリカで夢を実現させた日本人の中から、今回は映画バイヤーの附田斉子さんをご紹介。ポニーキャニオンのロサンゼルス駐在員として渡米、現在は、映画バイヤーとして世界中の映画祭や見本市を飛び回る傍ら、映画祭の海外アドバイザーや映像コンサルタントも務める多忙な日々を送っている。

【プロフィール】つけだ・なおこ■1960年生まれ、北海道出身。留学を経て北海道大学法学部卒業。91年西友入社、シネセゾンに勤務。NYU大学院で映像学修士号取得。96年にポニーキャニオンに転職、2001年より駐在員として映像・映画の買い付け業務に従事。ロッテルダム映画祭シネマート海外アドバイザー、映像コンサルタント会社Elephant Blue Entertainment Inc.代表。

そもそもアメリカで働くには?

海外志望が導いた
映画バイヤーへの道

『The Island Tales』主演の大沢たかおさんと
ベルリン映画祭で

 日本の大学では、外交官を目指して法学を専攻、1年休学して留学したニューヨーク州立大学(SUNY)では女性学を学びました。卒業後は新聞社への就職を希望しましたが、当時は男女雇用機会均等法施行前で、女性の採用がない企業ばかり。そんななか、女性の生涯教育のカルチャーセンターや文化活動が充実したセゾングループに就職。一方で、海外と日本をつなぐような仕事をしたい、という気持ちが常にありました。
 
 1985年に子会社の映画配給会社のシネセゾンに配属となり、洋画の買い付けと宣伝の仕事に就きました。会社の海外研修制度で、ニューヨーク大学大学院の映画研究学科に留学し、修士号を取得できたのはラッキーでしたね。
 
 その後1年間NHKに出向し、サンダンス・NHK国際映像作家賞の立ち上げにも携わることができました。96年にポニーキャニオンが洋画の買い付け事業を拡大するということで転職。買い付けや配給業務のほか、海外との共同製作のプロデューサーとして、エドワード・ヤン監督の『A One & A Two』(2000年カンヌ映画祭監督賞)やスタンリー・クワン監督の『The Island Tales』(同年ベルリン映画祭コンペ部門)を製作する機会にも恵まれました。その一方で、「海外駐在をしたい」と言い続けたことが実り、LAオフィスを再開する話が持ち上がった時も白羽の矢を立てていただきました。
 
 こうして01年にポニーキャニオンの駐在員として渡米しました。文化科学庁の芸術奨学金制度も受けていたので、夜間はUCLAエクステンションの映画コースに通いました。ここでアメリカの映画教育を目の当たりにできたこと、ネットワークが広げられたことは財産ですね。
 
 気づけば、夢にも思っていなかった映画の仕事に偶然携わるようになって20年以上。振り返ると、すべてつながっているような気がします。法学の知識が、映画の買い付けで頻繁に交わされる契約書を読む際に役立ち、SUNYで「映画にみる女性学」というクラスを受講したことにより、映画の新しい一面に興味を持ちました。

女性の地位も向上
競争相手だけど連帯意識

映画の世界で働く魅力を伝える附田さんの著書 

 映画バイヤーとしては、映画やビデオの買い付け・配給業務のため、海外の映画祭や見本市に足を運びます。サンダンスから始まり、ロッテルダム、ベルリン、カンヌ、ベニス、トロント、アメリカン・フィルム・マーケットといった具合です。映画祭では、朝から晩まで試写やセールスエージェントやプロデューサーとの打ち合わせをギッシリこなした後、日本とのやり取りなどをするため、平均睡眠時間は4時間。まさに体力と精神力の勝負です。日常の業務は、膨大に送られてくるテープを観て、台本を読み、パートナー探しなどを行うことがメインとなります。
 
 買い付けの際に大切なのは、海外と日本のマーケットの違いを知ること。米国の映画関係者はよく「日本のマーケットが1番売りづらい」と言います。流行の移り変わりが激しいにもかかわらず、興行収入面ではアメリカの次に大きいので失敗が許されないからです。
 
 最近では女性のバイヤーが増えてきました。日本ではヒットの行方を握っているのが女性なため、女性バイヤーの感覚が必要とされるからだと思います。日本では、映画公開初日に観客の6割以上が女性でないと、「口コミ効果が期待できない!」とスタッフ一同あせったりします(笑)。
 
 また、海外のセラーやプロデューサーにも女性が増えてきました。皆、ビジネスの場では競争相手ですが、お互い苦労してきた経緯があるので、連帯感やサポート意識が強く、横のつながりがあるんです。

映画は総合芸術
幅広い興味と趣味を

 映画バイヤーを目指すためには、英語をしっかり学ぶことが第一歩です。交渉の場面はもちろん、台本や契約書を読むにも、基本的な英語の能力が必要とされるからです。日本のマーケットに敏感であることが重要ですね。また、在米とはいえ、仕事をする相手は日本の会社ですから、日本の企業体質やビジネスマナーなどは知っておいた方がいいでしょう。
 
 大切なのは、台本を読み込み、ビジュアル化する能力。最近では映画が完成する前に台本やキャスト、監督の名前などで映画を買い付けることが多くなってきました。そのためには、幅広い興味と趣味を持っていることが大切だと思います。映画は総合芸術ですから、どんなソースからも広がっていくものです。
 
 そして、人の話をしっかり聞いた上で自分の主張ができるコミュニケーション能力を持った人。今はインターネットであらゆる情報が得られる時代ですが、顔と顔を突き合せるヒューマンタッチを大切にしてこそ、いいビジネスができると思います。映画も結局は人から買うものですから。キャラクターやチャームを活かしてあの手この手で交渉し、「この人に預ければ映画も幸せよね」と思わせられたら成功です。後は、体力と精神力とフットワーク。これは欠かせませんね。著書『映画の仕事はやめられない!』(岩波ジュニア文庫)にも書いていますので、参考にしてください。
 
(2006年10月1日号掲載)

「アメリカで働く(多様な職業のインタビュー集)」のコンテンツ