犬の世界に入り、犬の感覚を
犬として感じるようにしています。
アメリカで夢を実現させた日本人の中から、今回はドッグトレーナーの鈴木博美さんを紹介。愛犬との生活から犬のトレーニングに興味を持つように。現在、トレーニングクラスを日本語で提供している。
そもそもアメリカで働くには?
- アメリカで働くためには、原則として合法的に就労可能な「ビザ」が必要になります。
アメリカ・ビザの種類と基礎知識 - 日本から渡米してアメリカで働く方法として、18ヶ月の長期インターンシップも選択肢の1つ。
アメリカでワーキングホリデーのように働く!「J-1ビザインターンシップ」徹底解説
飼い犬との出会いで
この世界に入る
動物が大好きで、中学生の頃は、「ムツゴロウ王国で働きたい」と、本気で思っていたほど。高校卒業後は幼児教育科に進み、幼稚園教諭になりました。勤め始めた幼稚園では、ウサギ、ヤギなど、動物をたくさん飼育していて、それも魅力でした。8年間勤務しましたが、どうしても牧場で働きたいという思いが強くて1年間休職し、ワーキングホリデーでニュージーランドに行きました。
ドッグトレーナーの世界に入る大きなきっかけとなったのは、主人と知り合い、彼の飼っていたゴールデン・レトリーバーのパブリックと出会ったことです。パブリックの子供がほしいと、ジャニスをお嫁さんに迎え、ここから犬の勉強が始まりました。
犬の呼び戻しがうまくできず、犬と飼い主が一緒に参加できるトレーニングクラスを探しましたが、30人くらいまとめられ、マイクで説明を受ける大雑把なクラスだったりで、なかなか気に入るところがありませんでした。仕方なく、犬を委託するクラスに預けてみたところ、教室ではトレーナーの号令に完璧に従うようになったのですが、環境を変えるとできなくなっちゃう。警察犬訓練所に預けてみると、号令、号令の厳しい指導にストレスではげてしまうだけ。
求めているトレーナーが見つからず、いろいろ調べているうちに、「将来、犬のことを仕事にできたらいいね」と、話し合うようになっていました。
楽しそうな犬の笑顔を見て
渡米して勉強を決意
日本のドッグトレーナー育成学校は、「学費が高い」「実践がなく、実力が付きにくい」「期間が長過ぎる」。それならいっそのこと、犬の先進国、欧米に行ってみようかと思うようになりました。アメリカに決めたのは、新婚旅行で2匹を伴って1カ月間、カリフォルニアを旅行したことが大きいですね。広いドッグビーチを思い切り走り回って楽しそうな姿に、こんな笑顔をずっと見ていたいと心から思いました。
2年後に渡米し、最初はロサンゼルスにある犬の訓練学校に入学しました。ところが、日本の警察犬訓練所のようなやり方を目の当たりにし、自分の望んでいるものではないと、2日で辞めることに…。
新婚旅行の時に知り合ったサンディエゴ在住の日本人女性に相談したところ、彼女が紹介してくれたのが、今も私の師であるアリータ・ダウナーでした。彼女には人柄からにじみ出る温かいオーラがあり、それでいて犬のトレーニングに関する鋭さ、冷静さが備わっています。飼い主を指導する姿も適切で、彼女のデモンストレート犬の完璧さには唸りましたね。
アリータのドッグトレーナー養成プログラムは1年半。当時、私のビザは1年しか残っていなかったのですが、私の熱意が認められて、ギリギリ1年でやってみようということになりました。このプログラムは、アリータが行うドッグトレーニングクラスを、観察学習することがメイン。週1回以上あるミーティングで経営方法を含め、トレーニングに関するすべてを話し合っていきます。英語が苦手だった私は、アリータや他の研修生たちが話す英語を聞いて必死でメモを取って、家に戻って英語を調べ、もう1度勉強という毎日でした。
研修生活3カ月目に大きな転機を迎えました。アリータがトレーニングセンターを開設することになり、運営スタッフが必要ということで、6人いた研修生の中から私を選んでくれたのです。「アメリカに残って一緒に働いてみない?」と誘われ、思いがけないチャンスに「やりたい!」と、その場で答えました。
犬を飼う喜びや楽しさを
もっと知ってほしい
すぐにビザを切り替え、「Canine to Five」(www.sdk9to5.com)を立ち上げました。Canine to Fiveは、トレーニングセンターの一部門として、日本人向けに日本語で犬のトレーニングクラス、デイケアを提供しています。いきなり現場で実践を積むことになり、ますます生活は忙しくなりましたが、楽しい思いの方が強くて苦ではありませんでした。
アメリカにも日本にも、ドッグトレーナーの国家資格はありません。経験を積んでいくのみです。ただ、経験は長さではなく、内容のある本物の経験を積むことが大事。「下積みが長い仕事ですか?」と、よく聞かれますが、一生勉強が続くので、そういう意味では今も下積みですね。私の場合は、幼稚園教諭として、子供の指導や保護者への接し方などで培ったものが、今、トレーナーとして、犬とそのオーナーと関わっていく上で役立っています。
犬が好きなだけでは、ドッグトレーナーにはなれません。犬を犬という動物として受け入れることができ、擬人化しない、そういう人がこの仕事を心から楽しんで、続けていけると思います。うまく言えないのですが、動物的な感覚を持っている人というのでしょうか。
この仕事をしていると必ず不安になったり、犬のことがわからなくなる時があります。そんな時は、犬の世界に入り、犬の感覚を、犬として感じるようにしています。必ず犬が答えをくれますから。犬とのコミュニケーションは、言葉にできない世界ですが、この感覚がとても好きです。
犬同士のコミュニケーション、一瞬の行動で見せる美しさを、少しずつ写真に撮りためています。いつか短いエッセーにして、本にしたいですね。あとは、犬を飼っている人たちのトレーニング意識も高めたい。トレーニングは、号令で窮屈にするものではありません。トレーニングを通じて、犬を飼う喜び、楽しさを、もっともっと知ってほしいですね。
(2007年5月1日号掲載)