どういう条件で建てられたとしても、
質の高い空間を利用者が
経験できることが願い
アメリカで夢を実現させた日本人の中から、今回は建築家の寺田千加子さんを紹介。学校や公共施設を始め、一般住宅などあらゆる建築を手掛け、この9月には担当した52エーカーの敷地の私立高校が開校する。
そもそもアメリカで働くには?
- アメリカで働くためには、原則として合法的に就労可能な「ビザ」が必要になります。
アメリカ・ビザの種類と基礎知識 - 日本から渡米してアメリカで働く方法として、18ヶ月の長期インターンシップも選択肢の1つ。
アメリカでワーキングホリデーのように働く!「J-1ビザインターンシップ」徹底解説
TOEFLは後回しで
入学許可が下りる
建築家で、武蔵野美術大学で教授をしていた父の影響もあって、私も多摩美術大学の建築科に入学し、建築の勉強をしました。UCバークレーの客員教授をされていた竹山実先生が武蔵野美大で父と同僚だったこともあり、多摩美大在学中から竹山先生の事務所でアルバイトをさせてもらっていました。竹山先生は、SHIBUYA109や晴海客船ターミナルなどを設計した日本を代表する建築家の1人で、卒業後もやはり竹山先生の下に残って働き続けることにしました。
それからアメリカの大学院で建築の勉強をしたいと思い、1980年にサンノゼ州立大学にある語学学校に留学しました。大学院に進学する方法をいろいろと調べてみたのですが、ほとんどの学校で既に新年度の入学受付が締め切られており、そのうえ、私はTOEFLも受けていなかったため、入学願書の書類も揃わない状態でした。
しかし、当時UCバークレーに留学中の竹山先生の教え子の方が、サンディエゴ州立大学(SDSU)ならまだ受け付けていると、私に教えてくれたのです。当時、SDSUに入学するのにも、私の英語力は十分ではなかったのですが、それまでの自分の作品をまとめたポートフォリオを学校に提出したところ、TOEFLは入学してから受けるという条件で入学許可が下り、SDSUのArt Department Environmental Designというマスターコースで2年間勉強することになりました。ここでは当時の教授だった建築家、ユージン・レイの下、一般現代美術史を含め、環境および建築設計デザインを勉強しました。
入学して1年半を過ぎた頃に、現パートナーの中村氏の紹介でローズリング氏に出会い、彼の仕事を手伝うことに。彼らと一緒に建築をすることがとにかく楽しかったので、大学院卒業後も事務所に残り、正式に就職することになりました。
携わる人を取りまとめ
ビジョンを現実化する
建築家というと、オフィスで静かにデザインを描いている姿をイメージするかもしれません。しかし、1番の大きな仕事は、「何を造るのか」を頭に置きながら、そのプロジェクトに携わる多くの人たちを取りまとめ、そのビジョンを現実化することです。施工主、エンジニアやデザイナー、施工会社、役所の担当者など、多くの人たちが関わり合ってプロジェクトは進んでいきます。それぞれに立場があり、希望があり、譲れないプライドもあります。こちらの意見を受け入れてもらわなければならない時、彼らを説得し、まとめることは簡単なことではありません。
また、仕事を受注するのもひと苦労です。例えば、公共建築の設計プロジェクトを受注するために、建築事務所は州・郡・市、あるいは学校の教育委員会など、公共機関からの広告を基に書類を提出します。公共機関では、いくつもの建築事務所からの提出書類を比較検討し、また必要に応じて面接などを行い、その中で最も適切だとされる事務所に仕事を依頼します。そういった設計の仕事を獲得するためには、他の事務所との競争を乗り越え、自分たちのデザインの秀逸性だけではなく、依頼されるプロジェクトに対するアプローチなどを、明確に説明できなければならないのです。
地道に勉強し
常に感性を磨くこと
現在、担当しているプロジェクトの1つに、今年9月に開校するチュラビスタの「Mater Dei Catholic High School and Parish」があります。52エーカーの広大な敷地内に、カトリック系私立高校と教会の施設が建っています。キャンパスにはフットボール場、野球のグラウンド、ソフトボールフィールド、チャペル、図書館、シアターなどの施設が備わっており、約2200人の生徒を収容することができます。
設計・施工期間は短期間で集中して行われ、約2年半。キャンパスの設計は、カトリックという背景を反映するため、伝統的で直線的な建物の配置を心がけました。また、建築そのものはシンプルでありながら、学校らしい、明るくて健康的な環境作りを目指したつもりです。温かみのある色合いの石を使ったり、ブロックの色や仕上げに変化を付けるなど、学校特有の無機質な雰囲気にならないよう心がけました。この52エーカーもある施設の数々が、私たちの作品として後世に残っていくことは、建築家としてとても感慨深いものですね。
最近、アメリカで障子など和の要素を取り入れたデザインが人気を呼んでいますが、ただお洒落だから、カッコ良いからという理由だけで外国の要素を取り入れるのではなく、きちんと1つ1つの必然性を考え、スタイルなどにとらわれない設計をしていきたいと思っています。「建築物がどういう条件で建てられたとしても、質の高い空間を利用者が経験できるように」という私の建築家としての願いがそこにあります。いつか、美術館と庭園など、内部空間と外部空間を総合的にデザインできるようなプロジェクトを手掛けてみたいですね。
建築はアートですので、芸術センスを養うことも大切。私が個人的に好きな芸術家は、彫刻家であり、庭園アーティストでもあったイサム・ノグチです。彼の人間の生活に密接したアートや、遊べる彫刻、Akariシリーズの照明器具などのユニークな作品は、私にインスピレーションを与えてくれます。作品だけでなく、彼の真にグローバルで、芸術に常に熱心に向き合った妥協のない生き方にも興味を惹かれますね。
建築家になりたいと思っている人へのアドバイスは、日頃から自分の目で色々な建築・アートを見たり、音楽を聴いたりしながら地道に勉強すること、そして常に感性を磨くことが大切なのではないかと思います。
(2007年9月16日号掲載)