映像翻訳者(その他専門職):藤田彩乃さん

ライトハウス電子版アプリ、始めました

アメリカで夢を実現させた日本人の中から、今回は映像翻訳者の藤田彩乃さんを紹介。英語の映画やTV番組に日本語の字幕や吹替えを付けるのが仕事。
『American Idol』から『National Geographic』まで幅広く手掛ける。

【プロフィール】ふじた・あやの■富山県出身。早稲田大学第一文学部卒業。大学2年生の時に交換留学生としてCSUサンフランシスコで学ぶ。大学在学中に日本映像翻訳アカデミーで学び、大学卒業と同時に同校併設のエージェントであるメディア・トランスレーション・センターに職。2008年、同校がロサンゼルスに支社を設立するのに伴いLA駐在員となる

そもそもアメリカで働くには?

毎回の仕事がトライアル
女性が働きやすい業界

Reality TV翻訳チームのパーティーにて。
翻訳ディレクター&チェッカーとして、
30~40人の翻訳者をまとめた

大学2年生の時に交換留学生として、サンフランシスコに10カ月間、留学しました。帰国したら就職活動は始まっていて、どういう職業に就きたいかと考えました。翻訳の仕事はずっと興味があったので業界誌を読んだら、いくつか養成学校が載っていて、その中から日本映像翻訳アカデミー(JVTA)の説明会に参加しました。
 
説明会では、字幕と言っても映画だけじゃなくて、DVDの特典映像からCS放送の外国ドラマ、ニュースまで色々あって、需要も増えていることを知りました。映画に限ると間口は狭いけれど、映像全般に視野を広げると映像翻訳のニーズは年々増えており、さまざまな人が活躍し始めているという話に、「なるほど。やってみたい!」と期待が膨らみました。大学4年時に単位を取るのと並行して、JVTAでは基礎コースと実践コースを学びました。
 
大学卒業とコース修了のタイミングがうまく合い、JVTAの翻訳受注部門でコーディネーターの仕事に就くことができました。当時、Reality TVやBBCなどの開局ラッシュだったのも幸いしましたね。コーディネーター業務のかたわら、週末や自分の空いた時間は、フリーの映像翻訳者として、National GeographicやDiscovery Channelのドキュメンタリー、FOXのドラマ『House』などの日本語字幕の仕事もこなしました。
 
フリーランスで独り立ちするのは、最初のきっかけをつかむのが大変なので、専門スクールで力を付け、就職支援を受けながら仕事に結び付けていく道筋がオススメです。どの業界でも同じですが、フリーランスは自分が上げた原稿の品質がすべてなので、毎回の仕事がトライアルのようなもの。ただ、今では映像翻訳者一本でやっている人もかなり増えましたし、業界には女性の先輩が多いので、女性にとっては働きやすいと思います。
 

意味不明な表現が1カ所でもあったらダメ

JVTAがロサンゼルスに支社を設立する際の担当スタッフに任命され、昨年2月に渡米しました。マネージャーとして管理実務に携わる一方、それまでと同様に英日映像翻訳や日本のアニメや映画の日英映像翻訳など、翻訳実務のディレクションも私の仕事です。アメリカに来てからは時間がなくて、フリーの立場で映像翻訳を手掛ける機会がないのが残念ですが、時間ができたらぜひ再開したいですね。
 
アメリカで映像翻訳をするメリットですか? 
テレビ番組や時事問題に関わる映像では、現地にいれば事実関係や付帯情報を、適確に、瞬時に捉えることができます。例えば、ある人物がインタビューで前夜の『Saturday Night Live』の話題を口にしたとしましょう。日本で同番組を見ることができなければ、優秀な翻訳者でもお手上げですよね。反対に気を付けなければならないのは、アメリカで英語漬けの生活に慣れると、気付かないうちに日本語力が下がること。バランス良くブラッシュアップする努力が必要です。
 
映像翻訳では「1つの正解」はありません。ディレクターの好みになるべく近付けるテクニックや、視聴者を納得させる完成度の高い翻訳が求められます。自分が作った字幕がそのままオンエアされるつもりで取り組む覚悟が必要ですね。
 
字幕は文字数制限との戦いでもあります。毎秒4文字が原則で、句読点は使いません。1行の文字数も限られています。セリフを全部字幕に翻訳しようとしたら、画面の半分くらいが文字で埋まってしまいますよね(笑)。ですから、情報を取捨選択できる力も必要です。日本語字幕の場合、漢字とカタカナ、平仮名のバランスにまでこだわるんですよ。
 
日常生活で出会う翻訳文には、直訳調で表現が難解なものが多い気がしませんか?
しかし、字幕では一読して意味が分かりにくい表現が1カ所でもあったらアウト。JVTAの受講生時代に、そうしないための訓練を徹底的に受けました。
 
講師から言われた言葉で未だに覚えているのが、「一瞬で理解できない字幕は、画面を汚すだけ」。あいまいな言葉や一読でわかりにくい不親切な字幕は、多くの制作者が大切に思う作品を汚しているだけだという意味です。映像翻訳に関わる私たちにとって、厳しくも意味深い教訓であり、いつも思い起こすようにしています。
 

感受性を豊かにして
好奇心を持つこと

映像翻訳をやっていて厳しいと感じるのは納期です。30分の番組で1週間くらい、60分で10日弱です。作業時間の3~4割をリサーチ、つまり調べものが占めます。図書館に行って資料を探したり、辞典を調べたり、もちろんネットとは常ににらめっこ状態。適当な訳語が見つかられないジレンマは毎度のことで、自分の語彙力のなさにヘコむこともあります。
 
逆に訳文が映像に上手くハマった時は爽快です。自分が字幕を手掛けた作品がオンエアされたり、DVDになっているのを見た時もうれしいですね。
 
作業中は幾度となく放り投げたくなるんですが、必死になってやった作品が仕上がると、感激もひとしおです。そういう小さな喜びの連続に支えられて何とかやっているのかもしれません。
 
映像翻訳の仕事を目指す人に向けてのアドバイスは、専門スキルを学ぶ前に、とにかく色々な番組や作品を見ることだと思います。字幕がどういうものか知らないと、字幕は作れませんからね(笑)。たくさんの字幕や吹替えの実例を身体で感じ取った上で、演習を積み重ねるのが近道です。
 
もう1つ、感受性を豊かにして、好奇心を持つことも大事です。苦手意識を作らないで、どんな映像と向き合っても、まずは自分が楽しめる人が向いているかな。見慣れない映像でも、色々調べているうちに面白くなることはよくあります。また、最初のうちは自分が納得する訳文ができるまで時間を惜しまないこと。時間をかけた訳文は、プロが見ればすぐにわかりますから。努力を注ぎ込んだ原稿は、必ず評価されます。
 
今後は、日本のユニークな作品をアメリカに紹介する事業を進めていきたい。映像翻訳を通じて、米日の言語や文化の壁を少しでも取り払う存在になれればと思います。
 

 
(2009年5月1日)

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