音楽を一度離れたおかげで見えていない世界があると気付けた
元保険エージェント ▶︎▶︎ 現クラシックギター教室主宰
アメリカ人女性と結婚したことを機に、1977年にアメリカで暮らし始めた伊藤圭一さん。家族を養うために旅行関係、物販関係、保険エージェントの仕事を経験し、7年ほど前にサンディエゴでギター教室を本格始動。ずっとやりたかった音楽の仕事を本職にするまでの道のりと現在の活動について伺いました。
―ギター教室を開校するまでは、どんな仕事をなさっていたのですか?
妻と結婚して最初に暮らしたのがハワイで、そこでは旅行 関係の仕事をしました。その後、より良い収入を求めてロサンゼルスに引っ越して、免税店のマネージャーの職を得ました。 33年前、2番目の息子が生まれた時に会社の組織変更 があり、そのタイミングで退職。 子育ての環境がより良いと感じていたサンディエゴに移住しました。サンディエゴに来てからはずっと保険エージェントとして働いていました。
―保険の仕事を辞めた理由は何だったのですか?
子ども2人が大学を卒業して、 自分たちで稼げるようになったのがちょうど7年ほど前でした。 これで家族を養う責任は果たした、これからは好きなことをし て生きていこうと決めたんです。それまで何十年も音楽と距離を置いていましたが、ウィー ン国立音楽大学に留学した経験がありますし、その前は日本の尚美高等音楽学院ギター科で7年ほど講師をしていたこともあります。ずっと音楽を仕事にしたかったけれど、しなかったのは、アメリカではクラシックギターで安定した収入を得られる仕事を見つけるのが難しかったからです。妻も音楽家で、自分でばりばりと稼ぐ人ではな かったので、家族の生活のためには私が主体的に稼ぐしかないと覚悟を決め、子どもたちの手 が離れるまでは確実に家族を養える仕事を続けました。ただ、好きなことを我慢しているという気持ちはどこかに あって、妻とはよくけんかになり、それが離婚の一因になってしまったと思います。
―これまでのキャリアは今の仕事に生きていると思いますか?
音楽家 、アーティストというのは往々にしてそうだと思うのですが、私は人の言うことを聞かず、自分の好きなようにやりたい人間でした。けれど、さまざまな仕事をしたおかげで、多くの人と会って話すことや、人のことを考えて行動するということを学び、人間が磨かれたと思います。一般のビジネスを経験して初めて、それまでは社会の半分 くらいしか見えていなかったと気付きました。音楽しかやっていなかった時代も経験しているので、音楽家たちが見ている世界と、一般の人が見ている世界、今はどちらも分かるようになりました。おかげで、皆さんに音楽を聴いてもらうためには、ただ音楽的に素晴らしい才能や技術を持っているだけでは駄目だということが分かりました。活動の場を広げるには、楽器を 弾くだけでなく、人を集める力、つまりは人間性が大事だということが、音楽でない仕事を経験したことで理解できるようになったんです。また、音楽の世界から一歩外に出ると一般的なことを何も知らないということに気付かされ、人から学ぶ姿勢を持てるようになったのも、良かったことです。今、73歳ですが、この歳になっても知らないことがたくさんあり、まだまだ学ぶことはたくさんあるという気持ちでいます。そう思えるように年齢を重ねられた私はラッキーだと思います。
ー伊藤さんのギター教室の特徴を教えてください。
私のギター教室では、生徒さんが弾きたいという曲を弾けるようにしてあげるのが基本です。そのために型通りの教え方はせず、プライベートレッスンで、一人一人の個性に応じた教え方をしています。また、きちんと習えば誰でも美しくクラシックギターを奏でることができるということを多くの人に知ってもらいたくて、今年は精鋭の生徒による演奏会も開催しました。その際、観客席にいたアメリカ人の男性が、ある生徒の演奏に感動し、「 音楽でのスポンサーシップに興味があるなら関係者に紹介してあげる」と名乗り出てくれるという出来事がありました。生徒たちが習うのが楽しくなるような発表の場、「発表会」は前から行っていたのですが、「演奏会」は初めての試みでした。いい反響があったので、来年もやりたいと思っています。
―今後の夢を教えてください。
年齢もあって、これからは、自分の教え方を引き継いで先生になれる人を育てたいと追う気持ちが出てきました。今ちょうど、他でギター教室をやっている先生たちがうちに習いに来ていますし、意欲のある若い生徒さんもいます。私は生徒に合わせて教え方を変えるので、教授法の全てを伝えることは難しいですが、自分が教わったやり方でいいので、しっかり教えることができる先生を育てたい。そして、クラシックギターをきち んと弾くことができる人が増えたら、すごくうれしいです。
(2017年10月1日号掲載)
※このページは「ライトハウス・ロサンゼルス版 2017年10月1日」号掲載の情報を基に作成しています。最新の情報と異なる場合があります。あらかじめご了承ください。