バイリンガル子育てを実践している父兄は、子どもを世界で活躍できる「国際人」に育てたいと望んでいることでしょう。日本で国際人といえば、真っ先に思い浮かぶのがバイリンガルです。しかし、外国語が話せる=国際人ならば、世界中のバイリンガルは皆国際人ということになります。アメリカは移民の国です。2カ国語を話すバイリンガルは珍しくありません。そこで育てば誰でも国際性を身につけると思われがちですが、実際はそんなことはありません。アメリカで生まれ育ち、2カ国語が流暢に話せても、 異質な文化や価値観に対して偏見を持っている人はたくさんいます。もちろん、アメリカは子どもの国際性を育てやすい環境であることは事実です。これは子どもの学校を見れば一目瞭然で、多様な国籍、人種、民族、文化を持つ生徒が、一つ屋根の下で席を並べて勉強しています。自己とは異なるバックグラウンドを持つ同年代の友だちと交流することによって「人間は皆同じである」という偏りのない視野を身につけることができます。しかし同時に、多様性に富んでいるが故に、文化的同質性を求める傾向もまた強くなるのです。
母文化と母語を伝える
異質なものを受け入れる、それを可能にするには、まず、自分が何者なのかを知ることが必要です。そのためバイリンガル子育てでは、両親の文化を子どもに伝えることが強く求められます。母文化環境が希薄な海外で育つ子どもにとって、親から継承される文化は「アイデンティティー」形成の土台となる大切なものです。また、家庭における母語教育をもっと強調しなければいけません。言葉と文化は車の両輪のようなもので、切っても切り離せない関係です。親から言葉を継承せずに育った子どもは、文化アイデンティティーも生活する土地の主要文化へと同化してしまいます。子どもに確固たる文化アイデンティティーを与えたければ、しっかりした日本語力を身につけさせることが必要です。永住家庭の中には「子どもはアメリカで生活するのだから言葉もアイデンティティーもアメリカ人で構わない」という考えの方がいます。しかし、両親から母語と母文化を継承されずに育った子どもは、自己形成の過程で大なり小なり葛藤を抱えることになります。「自分は何者で、どこに属すのか」という帰属意識(文化アイデンティティーと呼ぶ)があいまいであることは、人間の精神をとても不安定にするのです。
文化意識を持った子育て
多文化社会を構成する人は、1人1人がそれぞれの文化の代表者です。これは子どもの社会でも同じで、日本人であれば「日本の代表」のように周囲から扱われます。子ども自身は日本人という意識が薄くても、周囲から「日本ではどうなのか?」と絶えず質問されます。つまり日本人であることを強烈に意識させられながら育つのです。日本では子どもが日本人である自分を意識することは少ないですが、海外ではそうはいきません。両親はこのことを知り、文化意識を強く持って子育てにあたってください。といっても難しく考える必要はありません。日本の昔話や絵本を読み聞かせたり、日本の祝祭日を祝ったり、日本の行儀作法を教えたり、日本のポップカルチャーに触れさせたり、和食を食べるのだって立派な文化教育です。また、日米の文化や習慣の違いについて子どもと話をしましょう。例えば、日本ではお茶碗を手に持って食べますが、欧米では食器を持ち上げるのはマナー違反です。どちらが良い悪いではなく、それが文化の違いであり、それぞれの文化を尊重し、場面に応じて使い分けることを教えてあげればよいのです。
多様な文化に触れる経験
多様性を重視するアメリカでは、世界中の文化に触れる機会が日常的にあります。学校行事はもちろん、それぞれの文化コミュニティーが相互理解を深めるためにさまざまなイベントを開催しています。異質な文化と身近に触れ合うことができる環境を子どもの国際教育に利用しない手はありません。文化というのは居心地が良いものですから、気づかないうちに、特定グループとの交流や慣れ親しんだ習慣に流されがちです。しかし、国際人としての広い世界観や視野を子どもに与えたければ、まず両親が自文化の殻に閉じこもることなく、異文化との交流を楽しむ姿勢を持つことが大切です。
(2014年7月1日号掲載)