脳における言語
プロセス成人日本人の脳では「R」「L」は変な音?
コーネル大学のジョイ・ハーシュ教授の研究室では、FMRI(Functional Magnetic Resonance Imaging)というテクノロジーを使って、第1言語と第2言語が脳の中でどのように処理されるのかを研究した。その結果、言語の表出を行うブローカー中枢(運動性言語野)では、第1言語と第2言語の間には距離があるが、言葉の理解を行うウェルニッケ中枢(感覚性言語野)が反応していると、2言語間の距離がほとんどなくなることがわかった。
一方、幼い時期にバイリンガルになり2カ国語を流暢に操る人たちは、ブローカー中枢とウェルニッケ中枢のどちらにおいても、2言語間に距離が認められないという結果が出た。つまり、大人になってから外国語を習得するのが困難になるのは、言語理解の衰えが原因ではなく、脳から口や顎へ表出する運動能力の衰えが原因というわけだ。
1999年、認知神経科学協会の会議で日本人を対象にした研究を発表したのは、ピッツバーグ研究室のジェイ・マクリーランドさん。日本人にとって「R」と「L」の聞き分けが難しいのは、脳が成長してしまうと聞き慣れない音は「変な音」として認識されるから。日本人と英語のネイティブスピーカーに英語を聞かせて脳のイメージを調べたところ、日本人は脳の1部しか反応しないのに対して、ネイティブスピーカーの場合は、それぞれの音に合わせていろいろな部位が反応するという結果が出た。大人になってから馴染みのない音を聞き分けるには、脳の回路を配線し直す必要があるのだ。
言語中枢の発達は6歳から13歳まで
UCLAのポール・トンプソン博士の研究室では、健康な3~15歳の子供の脳を、2週間~4年のペースでMRIを使って調べた。ネイチャー誌(2000年3月9日号)に発表された報告によると、3~6歳までは前頭葉が発達し、6~13歳で急激に前頭葉から言語中枢のある後方に向かって発達する。
また脳腫瘍や脳に損傷を負った患者を調べたところ、思春期前の患者は、言語に関わる大脳皮質を除去したとしても、脳が柔軟なため言語能力を補うことができるが、思春期以降に除去した患者は、言語能力を取り戻すのが難しいという結果が出た。13~15歳で運動神経を司る脳細胞の50%が柔軟性に衰えが現れ、「脳が硬い針金でできたようになっていく」(トンプソン博士)らしい。外国語の習得という観点だけで見れば、「6~13歳が最も習得しやすい年齢」(トンプソン博士)という結果となった。
教育のプロに聞く、バイリンガル教育のポイント
第1言語を確立させることがバイリンガルへの早道
西大和学園校長
西大和学園は、1993年、全日制の私立日本人学校として開校した。同校に入学する生徒のほぼ100%近くが駐在員の子弟だが、バイリンガルを目指して現地校を選ぶ駐在員保護者は多い。だが現地校に入学させたものの、多くの父兄が日本語教育に不安を抱えているのが現状だ。多くの保護者の要望に応える形で2002年6月に立ち上がったのが、土曜日補習校だ。
「現在、補習校に通っている生徒数は261名で、幼稚園から中学3年生までいます。同校では日本の教員免許を持つ教師が、日本の教科書を使い、同じ教材教具で日本の教育の現場に即した授業を展開しています。ただ時間的にすべてをカバーすることは不可能ですので、大切なところを抜粋して教えています」と、西浦将芳校長は語る。
帰属意識の確立が国際化への第1歩
入学に際しては、教師が話している日本語の内容が理解できることが前提になる。補習校の授業は4時間。そのうち2時間を国語の授業にあてている。「目標はネイティブの日本語を身につけることにありますので、卒業までに新聞を普通に読める程度の日本語力を養います」(西浦校長)。
西浦校長はバイリンガル教育において、第1言語の重要性を強調する。
「日本から来て現地校に入る子供は、文字通り突然英語の世界に放り込まれるわけですが、現地校に入ればバイリンガルになると思い込んでいる人が多いのは気がかりです。途中で教育言語が変わるというのは大変なことです。それが子供にとってどれだけのストレスになるのか、どれほど孤独にさいなまれるのか、その辺を親はもっと認識すべきではないかという気がします。また日本に帰った時の学力の遅れや日本語の未発達などのリバウンドが非常に怖い。中途半端なバイリンガル教育は子供の負担や心の傷となるということを、親はもっと考慮する必要があるのではないでしょうか。第1言語を英語にするのか、日本語にするのかを早い段階で決めて、それを軸足に第2言語を取り入れていくのがバイリンガルへの早道ではないかと思います。第1言語が確立していれば、第2言語はついて来るものです。現地校と日本人学校を行ったり来たりさせて親がフラフラしてしまうと、子供は母国語を確定できないだけでなくアイデンティティーを失いかねません。日本人としての物の考え方や常識など、帰属意識や精神の拠りどころを確立させるのは非常に大切で、それが国際化への第1歩ではないかと思います」。
2458 Lomita Blvd., Lomita, CA 90717
☎ 310-325-7040
言語は思考力の土台。第1言語をしっかりと
あさひ学園事務局長 芦田殉子さん
言語はコミュニケーションの一手段というだけでなく、考える力の土台となるものです。何語で考えるのか、何語が第1言語で思考力の土台となるのかということを考えることは、とても大切です。バイリンガルを目指すと言うと格好良く聞こえますが、子供の年齢などによっては考える力が育たずに、かえってマイナスになる危険性もないとは言えません。日本語にしろ、英語にしろ、第1言語をしっかりと身につけること。それがないと健全なバイリンガルは成立しないのではないでしょうか。
244 S. San Pedro St. #308 Los Angeles, CA 90012
☎ 213-613-1325
英語の習得以上に大切な「スタディースキル」
ロサンゼルス・インターナショナル・スクール 副学園長 松本輝彦さん
帰国子女の「宝」。それは、「スタディースキル」です。自分の意見をしっかり述べる、相手を説得する文章が書ける、調査を元にレポートが書ける、効果的なプレゼンテーションができるなどのスキルです。日本の社会が子供たちに身につけてほしいと願っている教育目標の「生きる力」が、これらのスキルです。今は社会人となったかつての海外子女が「英語以上に必要」とすすめるのも、これらのスキルです。
23800 Hawthorne Blvd., Torrance, CA 90505
☎ 310-373-0430
バイリンガル教育の5原則
1. 家では1人1言語
2. 英語と日本語をミックスして使用しない
3. 言語の使い分けはシチュエーション別に(1人1言語の実施が困難な場合)
4. マンガやゲーム、日本語を話す友達など、日本語と接触する機会をできるだけ多く作る
5. 日本語習得は土俵際の競り合い。英語に押し切られない
Masako O. Douglas, Ph.D.
California State University Long Beach
Department of Asian and Asian American Studies
Steve Kobayashi, Ph.D.
Lic.: PSY8834
☎ 310-257-9486
※このページは「2005年5月16日号ライトハウス・ロサンゼルス版」掲載の情報を基に作成しています。最新の情報と異なる場合があります。あらかじめご了承ください。