新学期が始まり、新しく現地校に通い始められたお子さんもいらっしゃるご家庭もあるのではないでしょうか。外務省統計(1)および文部科学省の報告書(2)によれば、2015年4月現在、米国など北米での主な就学形態別子ども数は、日本人学校に通う海外子女数が435人、現地校と日本語補習校の両方に通うのが1万2890人、現地校等のみが1万801人と推計されており、アジアや欧州、中南米と比べて現地校に通う子どもの割合が高いようです。近年、日本から米国に来る駐在員の任期は3~5年が主流となり、それ以下の短い期間の駐在は減ってきています。それに伴い、日本から来た子どもの米国における教育が長期化し、英語を身に付けられる機会が増える一方で、帰国後、日本での教育を懸念する保護者も少なくありません。そこで本特集では、小中高生向けに、「日本語対策」「学校の選び方」など、帰国前にやっておきたい、知っておきたい準備・対策を、専門家や体験者のインタビューを交えてご紹介します。
(1)外務省『海外在留邦人子女数統計』(平成27年度版)
(2)文部科学省『海外子女教育の概要』より
◆ 帰国前の留意点:帰国のタイミングは年齢や学年を考えて
小5〜中2は第一言語の完成時期
バイリンガルへの近道は親のケア
米国で現地校に通う子どもの保護者が日本帰国に際して心配する点は、日本における「日本語力」「教科内容」「帰国させるタイミング」の3つです。
「日本語力」については、言語としての日本語がきちんと使えるか、学年に相応した漢字が書けるかなど、「教科内容」は、日本の地理や歴史、国語など、米国の現地校では習わない、教科における学習の遅れについてです。これらは、補習校など在外教育施設に通うことで解決可能です。
ただ、「帰国させるタイミング」は、年齢や学年によりケースバイケースですが、小中学生、特に小学5年から中学2年頃に帰国する場合は要注意です。小学3年頃まで学校の授業は話し言葉が中心ですが、小学5年ともなると、本を読み、考えを表現する授業が始まります。実は、第一言語が完成に近づくのがこの時期。ですから、周囲の子どもの日本語が完成期に近づいているところに、英語の環境で育ったまま帰国すると、周囲とのギャップに苦しむ可能性が高いのです。しかも、日本語が苦手なせいで成績が上がらないことに加え、「せっかく身に付けた英語力が落ちてくる」という、ダブルパンチを食らう可能性もあります。その他、中学生になれば反抗期など思春期の問題も出てきます。これらを回避するために大切なのは、子どものことを気にかけてあげることと、週5日通っている現地校の勉強をしっかりさせること。数時間座って授業に集中できないようでは、学習習慣が身に付きませんし、帰国後も苦労するでしょう。場合によっては、母親と一緒に米国に残り、帰国するタイミングをずらすという選択肢もあります。
例えば幼少期の5年間を米国で過ごした場合、子どもは半分米国人のようなものです。補習校に通っていないまま帰国させると、子どもは学校の授業はもちろん、環境の順応に苦労するかもしれません。日本式の教え方で授業を進めてくれる日本語補習校に通い続け、授業をしっかり受けていれば、帰国後も学校の勉強についていきやすいでしょう。
日本語補習校が無い地域に住んでいても、今はオンラインの塾があります。個別指導してくれるところが多く、急な対策としても有効です。また、高校生なら子どもだけを米国に残すという手もあります。
帰国後のセミリンガル化の回避は
英語の継続学習が有効
日常生活を考えた場合、帰国後の日本語の向上は必須ですが、せっかく身に付けた英語を維持させたいと思うのも自然です。ただ、私は帰国生に対して、「英語を『維持』するのではなく、日本で『向上』させてほしい」と常に伝えています。特に前述の小中学生は、英語をどんどん忘れてしまい、バイリンガルではなく、2つの言語がどちらも年齢相応の言語能力が身に付いていない、セミリンガルになってしまう可能性が高くなります。残念ながら、米国で現地校に通っていた子どもの多くが、帰国後に英語の勉強をやめてしまうのです。
帰国後の英語は、会話よりも読み書きのスキルを伸ばすべきです。2020年より日本の大学入学希望者学力評価テストの内容が読み書き重視になりますし、将来仕事で使えるレベルにしてもらいたいです。首都圏や関西には、取り出し授業(帰国子女向けの特別授業)を行う私立学校があり、一人一人に合ったカリキュラムを作ってくれたり、放課後に個別指導してくれたりします。一方、地方に帰っても、米国のオンライン私立高校などに入学して英語を伸ばすことも可能です。読み書きの他、オンライン上での討論などもあり、家の中でネイティブ英語教育が受けられます。単位や卒業証書ももらえますし、このHome Schooling制度は、オプションとして覚えておくと良いでしょう。
最後に、駐在員で渡米した場合、子どもは親の都合で環境が変えられ、親の都合で帰国しています。それなのに親から、「勉強はどうなっているの」と言われれば、それは子どもにとってストレスとなります。また、「補習校や日本の学校が全て面倒を見てくれる」と思わず、積極的にサポートしてあげましょう。子どもの性格は十人十色。異国にいる期間を利用して、親子の結びつきを強めることも大切です。
◆ 帰国後の心構え:溶け込みには1年くらい様子を見ながら焦らずに
日米の教育方法の違いは当然
両者で学んだ良さを忘れずに
環境によって状況は異なりますが、一般的に、授業内容や友人関係が複雑化するため、帰国時の学年が小学校高学年以降かどうかで溶け込みの状況が異なります。
帰国生が戸惑うものに、教科や授業の進め方、学校文化の違いがあります。日本の学校で習うはずのアルトリコーダーや鉄棒、日本史などを帰国生は習っておらず、授業も、先生と生徒が問いと質問を繰り返して進む米国に対し、日本では先生が一通り説明し、最後に質問を受け付けるやり方。中学生ともなると、生徒が質問することもほとんどありません。何より、学習の評価の基準が異なり、英語の場合、日本では前置詞の置き換え、三人称単数現在の「S」などが重視されますが、米国ではそうしたことを気にせず話してきたはずで、戸惑いの連続。米国の学校で充実していた生徒ほどギャップが大きくなりがちです。
ただ、日米どちらの教育方針が正しいというものではなく、日米それぞれで学んだ良さがあります。子どもの特性にもよりますが、教科に追い付き、日本の学校に溶け込むのには1年くらいはかかるので、焦らず、じっくり様子をみることが必要です。日本生まれの子どもは、一度日本から米国に溶け込んだ経験があり、潜在的に適応力はあります。学校も、留学経験のある子どもや外国籍の子どもが増え、帰国生の存在は以前ほど目立たなくなりました。
英会話力の維持には、首都圏や中部、関西など9教室やWebサテライトで行う海外子女教育振興財団の「外国語保持教室」がある他、帰国生編入学級を持つ学校もあります。近年は教員にも留学経験のある人もいて、各校に外国語指導助手(ALT)もいるので、その活用も有効です。
そうは言っても、帰国前の家庭教育は重要です。帰国生の家庭は概ね教育熱心で、母親も在米中は子どもの教育にかける時間が多い傾向があります。子どもにとって両親が話す日本語が一番影響が強いので、普段から、ことわざや漢字の練習も含めて意識的に行う必要があります。最近では、通信教育や塾もあります。保護者は米国にいる間に日本の情報を収集し、日本での生活を見通して準備しておいてください。
◆ 受け入れ側の現状:IB認定校が増加傾向 帰国生の英語力を歓迎
「指導が困難」という教員は激減
帰国前の準備や選択肢の拡大奏功
2008年から約2年間、私が代表を務めた「帰国児童・生徒教育の調査研究会」では、帰国生の状況を調査し、20年前と比較しました。
その結果、教師への調査では、「未学習の科目や内容があり指導が困難」という回答が91%から53%へと大幅に減少していました。塾の海外進出やインターネットなどの情報を得る環境が整備され、帰国に向けて準備しやすくなったこと、加えて、帰国生の受け入れ校が増えて多様化し、個々に見合った学校選択が容易になったことが背景にあると思います。
そうは言っても、適応や日本語力の習得に課題を抱える生徒は相変わらず存在します。特に言語習得では、11歳〜12歳を過ぎると、他言語の習得が難しくなるという学説があります。しかし、言語は異なっていても、第一言語と第二言語の基礎は共通という考えもあり、仮にその子どもの第一言語が英語であるなら、まずはその英語を確実に習得してください。
日本の学校もグローバル化の中で大きく変化しており、11年から小学校で英語学習が必修化され、13年には「国際バカロレア(IB)の認定校等を18年までに200校に増加させる」と閣議決定されました。IB認定校は都立国際高校など現在35校で、札幌市の市立中等教育学校をはじめ、他の自治体でもIB導入に向けた検討が急速に進められています。そうした背景を考えれば、帰国生の英語力は学校でも歓迎されるでしょう。
ただ、「英語力」と言っても、生活言語力と学習言語力は別物で、日常会話が流暢でも学習言語力が伴わないことは指摘されていますし、帰国生であっても英語力が十分でない子どももいます。「帰国生」というだけで優遇される時代ではなくなり、現地で何を習得してきたかが問われる時代だと思います。
◆ 関西圏唯一の早稲田大学系属校
校内に学生寮を併設
家庭の事情で子どもが一人で帰国することになっても、受け入れてくれる学校はあります。例えば、関西唯一の早稲田大学系属校、早稲田摂陵中学校・高等学校では、校内に学生寮を併設し、学習、食事、洗濯などを専門スタッフがバックアップ。帰国生が日本の教育や生活に馴染みやすい環境を提供してくれます。
◎ 早稲田摂陵中学校・高等学校
大阪府茨木市宿久庄7-20-1
E-mail:lnyusi-hs@waseda-setsuryo.ed.jp(受験用)
☎ (81)72-640-5570(入試広報部)
www.waseda-setsuryo.ed.jp
◆ 半インター校への編入(高校1年で帰国)
帰国後は半インター校に進学
環境の変化を最小限に抑える
小学5年生から高校1年生まで、父の赴任に伴いシカゴで暮らしました。現地の学校に通いながら、毎週土曜日に日本語補習校に通う日々でした。中学入学後、クラブ活動のチアリーディングの大会が毎週土曜日にあり、補習校は中学2年でやめてしまいました。でも、勉強はもちろん、日本の文化を学べる貴重な場所だったと思います。高校に上がった頃、帰国が決まりました。一般的な公立・私立高校は合わないと思い、帰国生を積極的に受け入れている私立高校を受験することに。せっかく修得した英語を忘れてしまうのはもったいないですし、在校生の半数以上が帰国生の半インターナショナルスクールの学校に進学しました。
帰国後は日本語で結構苦労しましたが、最も大変だったのは、漢字、四字熟語、ことわざなど。帰国直前まで補習校に通っていれば、あれほど苦労することはなかったかなと思います。
米国在住期間が長ければ長いほど、日本の生活に慣れるのに時間がかかります。私は帰国生が多い高校を選んだことで、自分と似たような境遇の友人を作ることができ、少しずつ順応していくことができました。
◆ 幼児期の帰国(小学校入学前に帰国)
プリスクールで日本語を修得後
本人の希望で現地キンダーへ
息子が1歳半の時にロサンゼルスに来ました。2歳半になった頃、小学校1年になる頃に帰国する可能性が高いことが分かり、日本語を学ばせたかったのと、国立大付属小学校受験を視野に入れて日系のプリスクールに通わせました。ひらがな・カタカナ、足し算・引き算など、プリスクールで習ったことを確実に身に付けさせたかったので、日々の授業の復習は一緒にやりました。
4歳になり、週1でネイティブの先生に英会話授業をお願いしたところ、英語力が飛躍的に伸び、大好きになったのでキンダーガーテンは本人の希望で現地校を選びました。
帰国後は、結局公立小学校に入学させました。今後も主人の転勤があるため、子どもが小さいうちは学校を固定しない方がいいと判断したからです。
帰国前に領事館から教科書をもらって学習内容を把握していたので、入学前は母親として不安はありませんでした。1年生の1学期はひらがなや計算を学びましたが、米国ですでに身に付けていたため、特に苦労はなかったようです。学校では気の合う友達もでき、楽しく通っている様子です。
◆ 外国人のいない地方に帰国(小学6年で帰国)
立ちはだかる常識の壁
テストの質問に頭抱える
米国の家庭内では日本語を話していましたが、帰国後の在住先である徳島の山間部は、外国人がほとんどいない田舎だったため、米国生まれの娘を地元小学校に通わせるのには、不安が付きまといました。帰国前、通学予定の学校の様子が分からず、娘にとって日本の学校の一体何が不自由なのか、生活しなければ分かりませんでした。
帰国後は問題が山積みでした。小学2年生で一度体験入学させたので、和式トイレの使い方が難しいのは分かりましたが、方言と標準語の区別がつかず、英語で理解している内容を日本語に置き換えるのは困難で、何度私が英語で説明したことか。日米の感覚的な違いを小中学生が理解するのは難しいので、両国のことが分かる私が助けるのが一番と思い、間違えやすいポイントをかみ砕いて説明していました。
夫婦とも日本人なので、娘にも日本語や日本文化を知ってもらいたくて、在米中、小学1年生から5年生まで日本語補習校に通学させました。補習校では日本の教科書内容は理解していましたが、実際、教科書で覚えた「阪神」を、徳島の学校で「関西」に言い換えられた途端、テストの質問の意味自体が分からなくなるなど、常識を背景とした質問には悩まされ、推測で答えることもあったそうです。
日本の英語教育に失望
別物と理解して割り切る
特に苦しんだのが英語でした。授業で習う英語と娘が知っているものは別物で、教科書が配布された日の夜に、私が日本の教科書と現地の英語の違いを確認して事前に伝え、混乱が予想される箇所は予習の際に娘が知っている英語との違いを説明しました。娘は理屈抜きに分かっていることを「関係代名詞」や「現在完了形」など長い漢字に置き換えられると混乱したようです。矛盾だらけの教科書に、娘は中学1年で日本の英語を否定し、やる気をなくしたこともありましたが、2年生になってようやく、日本の英語用の答え方を身に付けるようになりました。それでも、「日本の英語をこれ以上勉強するのは嫌だ」というので、英語を重点的に勉強する高校への進学は避けました。ただ、ややこしい日本の英語ですが、高校で出題者との波長が合えば高得点が取れ、全国模試で11万4千人中、10位ということはありました。
私としては、英語力を維持させようと、当初はネイティブのいる英会話教室で個人レッスンをさせたり、ケーブルテレビで英語の漫画やニュースを見せたりしましたが、英語がほとんど聞こえない環境で維持するのは大変です。英語力が落ちていく速度を遅くすることはできるのでしょうが、本人が英語を使った方面には進学しないと決めたので、特別なことはやめました。
米国で何歳のときに何年間過ごしたかで問題の感じ方や切り抜け方は違うでしょうが、娘の感覚を理解できるのは同じ時間を過ごした私だけなので、私だけでも渡米前の「日本人の自分」にならないように気をつけています。
◆ 子どもを米国内に残せるバイリンガル校
NYの慶應義塾一貫教育校
全生徒の9割以上が寮生活
日本に帰国する際、子どもを単身米国に残すという選択肢もあります。ニューヨーク州にある慶應義塾ニューヨーク学院には、世界約30カ国に所在する学校から親元を離れて入学した生徒が300人以上在籍。その9割以上が寮生活を送っています。全科目のうち約6割を英語で、約4割を日本語で行うバイリンガル教育と、部活動、社会奉仕運動を通じて学ぶバイカルチュラル教育を理念に掲げています。
3 College Rd., Purchase, NY
☎ 914-694-4825
http://www.keio.edu
※このページは「2015年10月16日号ライトハウス・ロサンゼルス版」掲載の情報を基に作成しています。最新の情報と異なる場合があります。あらかじめご了承ください。