韓国食文化の、ひとつのまぎれもない大きな特徴は、「混ぜる」ということだ。
彼らは、食べものは混ぜれば混ぜる程うまくなる、と思っているふしがある。
たとえばカレーライス。
日本人の多くは、白いゴハンとカレーを、口に入れる分だけ少しずつ混ぜながら、多少混ざりかたにムラがある状態で食べるのがうまいと思っているのではないだろうか。
韓国人がカレーライスを食べるのを見たことがありますか?
皿の上に盛られた状態は、日本と同じカレーライス。
これをスプーンで混ぜる。
混ぜる。混ぜる。
上から下へ、右から左へ。
ひたすら5~6分は混ぜる。
そして完全にゴハンの一粒一粒にみっちりとカレーが滲み渡ったことを確かめたあと、やっと食べ始める。
これはカツドンでもウナドンでも同じで、日本人のように端から掘り下げながら徐々に横方向に移動していく、というスタイルは決してとらない。
混ぜて混ぜて混ぜまくる。
ビビンバも、当然混ぜて食べる。
いや、混ぜて食べなくてはいけない。
そもそもビビンバの「ビビン」とは、韓国語で「混ぜる」という意味で、「バプ」つまり「飯」が日本人には「バ」と聞こえて「ビビンバ」となったものである。
すなわち名前からして、ずばり、「混ぜゴハン」なのである。
僕自身は、じつをいうとビビンバでさえも混ぜずに食べるのが好きだ。
5~6種類乗っているグの味や食感のちがいを楽しみながら、カツドンスタイルで、端から徐々に食べていくのである。
しかしこれは韓国レストランにおいては犯罪行為にひとしい。
あるとき、僕は人目を避けて、レストランのいちばん隅っこのテーブルにすわり、配達されたビビンバを、スプーンを手に持ってドンブリの内側をグルグル回して混ぜたフリをして(じつは混ぜずに)、端から削って食べていた。
しかし運悪く、食べている途中で、ウェイトレスがそばを通りかかり、この詐欺行為を見つけられてしまった。
ヤバイ、という間もなく、無言で彼女は僕の食べているスプーンを取り上げて、僕のビビンバをかき回し始めた。
底のほうからゴハンが持ち上げられ、中央に美しくましましていた生卵は無残に打ち砕かれ、牛肉もニンジンもモヤシもほうれん草もすべて原型をとどめないほど完全に混ざるまでかき混ぜられたところで、彼女は無言でスプーンを返してくれた。
これは本当のはなしである。
彼女としては、「ビビンバはこうやって食べるものなのヨ!!」と教えてくれたのだろうが、英語がほとんどできないのだろう、無言の動作で押し通し、かなり鬼気迫るものがあった。
それ以来、僕はビビンバがこわくて食べられない。
蛇足だが、オコゲがおいしい石釜ビビンバは、韓国語で「ドルソッ・ビビンバム」といい、長州石という石の産地、全州の名物とされているが、いまやどこでも食べられる。
それから派生したドルソッ・カレーライスなんていうものもある。
(2008年3月1日号掲載)
鬼気迫るビビンバ
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