南部文化が花開いたアメリカ南北戦争勃発の地「サウスカロライナ州」
サウスカロライナ州は合衆国から脱退した最初の州で、アメリカ南北戦争の幕開けの舞台となったが、その戦争は皮肉にも、北軍のシャーマン将軍が同州を焼き討ちしたことで終結に至った。
サウスカロライナ(South Carolina、SC)州の基本情報 | |
人口(2023) | 5,373,555人 |
面積 | 30,055.8mile2 |
人口密度 (2020) | 170.2人/mile |
州都 | コロンビア (columbia) |
州知事(2024) | Henry McMaster(共和党) |
州のニックネーム | Palmetto State |
人種の割合 | 白人 68.9% / 黒人21.2% / ネイティブ・アメリカン0.6% / アジア系2.0% / ヒスパニック6.6% |
1世帯当たりの平均収入 (2022) | $63,623 |
貧困家庭の割合 (2022) | 14.0% |
住宅平均価格 (2018-2022) | $216,200 |
平均家賃 (2018-2022) | $1,065 |
観光情報サイト | Visit South Carolina |
オフィシャルサイト | SC.gov |
(出典元:U.S. Census Bureau)
独立戦争当時からサウスカロライナ州は経済・文化の拠点
1670年チャールストン港の近くにイギリス人が定住。チャールズ1世の名前をラテン読みし、「カロライナ」と名付けられた。1710年にノースカロライナとサウスカロライナに分裂。その後、他のヨーロッパ人も押し寄せ、奴隷貿易の始まりとともに大農園が出現し、チャールストン港は貿易や文化の拠点となった。
独立戦争の頃には植民地の中でも豊かな街に発展しており、全米でゴルフが初めてプレーされたのも、初のオペラ公演が行われたのもチャールストンだ。
独立後、綿織機の発明で綿花の栽培が盛んになり、サウスカロライナ州の経済は繁栄。だが、この頃から奴隷法などを巡り、連邦政府との溝が深まる。サウスカロライナ州出身のジョン・カルホーンが連邦法実施拒否を唱えたのを契機に、一気に連邦政府との緊張が高まり、1860年12月20日、連邦政府からの離脱を宣言。多くの南部州が追随し翌年4月、南軍が連邦軍の駐屯するチャールストン港サムター要塞を攻撃し、アメリカ南北戦争の幕が切って落とされた。
3人のジャクソンを輩出・裸足のジョーもサウスカロライナ州出身
南北戦争で大きな打撃を受けた経済も、20世紀に入ると繊維業の発達とともに復興。近年は豊かな歴史と温暖な気候で、観光業が大きな収入源となっている。チャールストンは、ニューオーリンズとともに南部文化が花開いた土地でもある。「狂乱の20年代」に大流行したダンスの名前もチャールストンだ。
サウスカロライナを代表する人物に、3人のジャクソンがいる。第7代大統領のアンドリュー・ジャクソンは、丸太小屋で生まれた初めての大統領。2人目は公民権リーダーのジェシー・ジャクソン師、3人目は映画『フィールド・オブ・ドリームス』でおなじみ、シューレス・・ジョー・ジャクソン(裸足のジョー)だ。裸足のジョーは生涯打率.356を誇るホワイトソックスの名打者だったが、1919年のワールドシリーズで八百長事件が発覚、裁判で無罪となったものの永久追放処分になった悲運のヒーローだ。