日本人にとって、中華を代表する料理のひとつ、マーボドーフ。
アメリカのチャイニーズ・レストランに入ってメニューを開くと、わかったようなわからないような料理がズラッとならんでいるが、そのなかに麻婆豆腐をみつけると、ほっとしてこれを注文する読者も多いのではないだろうか。
ウェイターに「マーボドーフ!」とカタカナ風に言ってみても、ちゃんと通じてしまう、っていうのもありがたい。
ところで、「麻婆」とはなんぞや。
ご存じの読者も多いとは思うが、「麻婆」はアバタのおばあさん、という意味だ。
140年ほどまえ、四川省は成都という街の郊外にある食堂を切り盛りしていた陳さんのおかみさんが、顔にアバタ(これを中国語で麻という)があったので、陳麻婆と呼ばれていた
(「婆」とは、必ずしも高齢の女性という意味ではなく、「奥さん」といった意味である)。
その麻婆さんの作る豆腐料理がたいへんおいしいと評判で、いつのまにか麻婆豆腐とよばれるようになった。
麻婆豆腐は中国中にひろまり、陳さんの店は有名になり、いまや北京や西安はもちろんのこと、日本にまで支店を5軒もだしてしまった。
陳さんの店は、もともとは屋号がなかったそうで、麻婆豆腐が評判になったので「陳麻婆豆腐店」という名をつけたくらいである。
僕は成都にはまだ行ったことがないが、日本の支店では食べたことがある(ちなみに海外の支店は日本だけ)。
ひとことでいえば、本気で辛い。
辛いが、それだけではない。
まず口にいれたときの焼くような辛さがやっととおりすぎると、舌が痺れたようになる。
だが、それがすこしおさまってきたときに、複雑なうまみが口の中にふつふつと湧いてくる。
つまり、辛さをつらぬいた、その奥になにかがある、深い味わいなのだ。
白いフカフカのゴハンによくあう。
舌を痺れさせるのは、山椒である。
じつは、「麻」という中国語のもともとの意味は、ザラザラしたとか、痺れるという意味で、アバタもそれに関連しているのであろうが、そういわれてみれば麻という布はザラザラしているし、麻痺とか麻酔なんていうのも、たしかに知覚がザラザラに痺れる感じである。
つまり、麻という字には、アバタと、舌を痺れさせる、というふたつの意味があるわけだ。
「麻煩你(マーファンニー)」というと、「お手数ですが」「面倒かけてすみません」という意味で頻繁につかわれる中国語会話の基本表現のひとつだが、「あなたを痺れさせるような煩わしいことですが」というようなことらしい。
さて、麻婆豆腐に入る材料は、辣椒(ラージャオ)、つまり唐辛子の粉、花椒(フアジャオ)、これが山椒の粉、蒜苗(スアンミャオ)は中国独特のものだがニンニクの茎葉の柔らかい部分、豆豉(トージー)という豆を発酵させた味噌や、その他モロモロの調味料。
ひき肉や青ネギも入る。
日本のふつうの中華料理店では味噌と唐辛子だけだったりして、陳さんの店のような深みのある味がしないことも多い。
だが、当地の四川出身のひとのやってる中華料理の店は、さすがにうまい店がある。
日本人の店でもおいしい店もあるし、麻婆豆腐ドンブリとか麻婆ラーメンも魅力がありますねえ。
(2005年8月1日号掲載)
麻がキーワード、麻婆豆腐
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