いま、韓国に来ている。
韓国の街には、日食の店があちこちにある。
これは太陽の満ち欠けとは関係なく、日本食のレストランのことである。
日本人以外では、韓国人ほど日本食の好きな国民はないだろう。
それは当然、LAの韓国人コミュニティーでも同じことで、スシだけではなく、いまやドンカスの店があちこちにできている。
ドンカスとはなんぞや。
トンカツのことである。
かれらは、ハングルではもちろん、ローマ字でもモロにdonkasuと書く。
料理は、日本のトンカツそのものだ。
僕もトンカツは大好きで、日本に行くと必ず一回は食べに行く店がある。
新宿伊勢丹の食堂街にある「さき亭」という店で、たかがデパートの食堂なのに、なぜこんなにウマいのか、といつも思う。
目黒にある有名店をはじめ、ほかの店にもいろいろ食べに行ってみたが、ここがいちばんウマい。
コロモのサクサク感とすっきりした油の香ばしさ、肉のジューシーさと豚らしい香り。
さわやかに空気を含んだキャベツとホカホカしたご飯。
西洋の食べものを、ここまでうまく改良して、日本の米に合う料理にしたてあげた先人たちには敬意を表さざるを得ない。
もとになった西洋料理のルーツを考えると、カツというのは英語のcutletであることは言うまでもない。
そこまでいいとして、cutletとはそもそも何でしょう?
cutした小さいもの(let)?
じつはこれ、語源はフランス語のコートレットcôteletteだ。
côteというのはあばら骨、またはあばら骨つきの肉、という意味である。letteはその小さいものだ。
小さいと言っても、この場合は切り身が小さいのではなく、もとの動物が小さい、つまり仔牛とか仔羊から切り出した肉のことを意味している。
だから、パン粉をつけて揚げた肉のことに限らず、火で炙った肉でもコートレットである。
じっさい、フランスに行けばメニューにはよく載っている料理である。
イタリアに行けば、これはもうミラノ名物、Cotoletta alla Milaneseに登場願わねばならない。
言わずと知れた、ミラノ風仔牛のカツレツで、これはほんとに彼の地ではよくお目にかかるし、実際にウマい。
仔牛の肉を薄く叩いて、パン粉をつけて揚げただけの、簡単な料理だが、仔牛というものはこんなにうまいものか、と思う北イタリアならではの料理である。
日本の本には、パルメザンチーズをはさむとか、パン粉に混ぜるとか書いてあるものもあるが、僕はそんなのイタリアでは食べたことがない。
そんなことしたら仔牛の香りがマスクされちゃう。
熱ーい揚げたてのコトレッタに、レモンをたっぷりかける。
僕はその上に塩を少し振るのが好きだ。塩辛くするというのではなく、レモンでちょっと湿った表面のあちこちに塩の粉が乗って、ナイフで切り分けても落ちてこない。
口にいれると、そのまばらな塩がなんとも言えず、肉のうまさを引き立てるのだ。
そうそう、このコトレッタ・ミラネーゼを食べるまえには、Risotto alla Milaneseつまりサフランで味付けされた黄色く美しいリゾットを食べるのがミラノのスタイルだ。
アメリカのイタリアンでも、わかっている店はこれをつけあわせで持ってくる。
トンカツとコトレッタの違いは、豚と牛の違いに加え、肉の厚みにある。
コトレッタよりもはるかに厚く、ジューシーなところがすばらしい。
ちなみに、Cotoletta Milaneseとほぼまったく同じものが、オーストリアはウィーンの名物にもなっていて、Wienerschnitzelと呼ばれる。
アメリカではホットドッグを売るファーストフードチェーンだが、ホットドッグとWienerschnitzelは一切無関係であり、僕としてはいつもその前を通るたびに多少腹がたつ。
まあそれはともかく、LAというところは、イタリア料理店でCotoletta Milanese、
ドイツ料理店でWienerschnitzel、日本料理店でトンカツ、そして韓国料理店でドンカスまで食べられる、すばらしい街です。
(2007年3月1日号掲載)
ドンカス
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