角煮の罪

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Mr.世界(角煮の罪)

世の中には、体に悪い食べものほどうまい、という法則がある。そのひとつはフォアグラ。
 
ガチョウかアヒルにエサを大量に食べさせて肝臓を肥大させ、脂肪肝という病気にさせたものだが、これは世界でいちばんうまい食材のひとつであることはまちがいない。これを食べ過ぎて、自分が脂肪肝になって入院した食の評論家もいるくらいである(僕じゃないですよ)。
 
脂のしたたるステーキもうまいし、生クリーム山盛りのデザートも最高だ。そんな体に悪くてうまいもののひとつが、豚の角煮ではないだろうか。豚の三枚肉、つまり脂のたっぷりついた腹の肉のカタマリを煮込んだものである。もともとは中国の料理で、東坡肉(トンポーロー)という。その名は、スシに由来するそうだ。寿司のことではない。蘇軾 (スシ) という宋代の詩人・書家・政治家で、別名を蘇東坡 (スートンポ) という人が、豚肉を鍋で煮ながら詩を書いているうちにそのことを忘れてしまい、気がついて食べてみたらとてもうまかった、という説がまかりとおっている。
 
いや、詩を書いていたのではなく、友人と将棋をしていたのだとか、単に彼が豚肉について詠んだ詩からつけられたのだとか、諸説ふんぷんある。
兎にも、かくにも、ですね、肉がトロトロになるまで煮込まれて、歯がない人でも上あごと下あごで挟むだけで融解してしまうほど柔らかい。
醤油、紹興酒、しょうが、八角、桂皮、ネギなどの香りと豚肉のいちばんうまいところの味を引き出した料理で、ゴハンにもすごく合う。
 
上海料理の店には、これを煮た汁でモチ米を味付けし、それをベッドにして上に東坡肉を山のように載せてサーブする料理がある。これは歓声をあげたくなる。東坡肉が沖縄に伝わって、ラフテーといわれる郷土料理になり、ソバの具としても使われて、沖縄ソバになった。
 
長崎では卓袱(シッポク)と呼ばれる宴会料理の目玉料理になっている。地理的に、明らかに中国から日本に伝わったルーツがみてとれる。それが全国的に広まって、角煮と呼ばれるようになった。東京では、角煮ラーメンなるものを食べたことがある。これはうまいです。
 
台湾の故宮博物館で、清の時代に作られた「肉形石」というものをみたことがある。自然の石に手をくわえて、東坡肉にみえるように加工したものだ。ずいぶん前だったのだが、いまだにあの、石なのにかぶりつきたくなるような、うまそうな姿は忘れられない。
 
角煮はよく煮込んでいるから脂分はだいぶ抜けているのだろうが、それでも脂が多いことはまちがいない。僕はいつも大なる罪悪感に打ち勝ってこれを食す。子供のころには、母親が角煮を作ってくれると、それこそ歓声をあげたものだ。罪悪感なしに食べられたその頃が懐かしいです。
 
(2008年11月16日号掲載)

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