中華料理の三大珍味は、フカヒレ、アワビ、燕の巣とされている。
その中で、フカヒレとアワビは食べたことのある読者もわりと多いのではないだろうか。でも燕の巣はないでしょう?
フカヒレとアワビ(特に干しアワビ)は、グルタミン酸だかイノシン酸だかしらないが、「ウマミ」成分がとてつもなく多く含まれているのだろう、美味このうえない食物である。
で、燕の巣は?
なんにも味がしない。
この食材が尊ばれるのは、味ではなく、漢方としての価値と、食感、プリプリした舌触りなのだ。特に美容にいいということになっている。
採取されたときの燕の巣は、羽毛や葉などを唾液で固めたものだ。ここから手間をかけて丁寧に唾液の固まったものだけをとり出す。
僕が香港で何度か食べた燕の巣は、どれもデザートだった。そう、燕の巣はデザート系が主流なのである。意外でしょ?
ココナッツミルク系や果物系の薄い甘さの冷たいスープに、白く小さなツブツブ。
粒といってもゼリーや波覇(ボーバ)とはまったく違う、繊細でカヨワイ舌触り。
ツバメたちが、ケナゲにも、唾液を一所懸命出して作った、子育てのための巣。
そんなもの食べちゃっていいのか、と罪悪感も覚えさせてくれるのだが、まあ熊の手だの猿の脳ミソだのよりはいいだろう。
中国人は、珍しいものであればあるほど、自動的に漢方の薬としての効能が大きくなると考えているかのようだ。
じつはこの燕の巣という食材をモノズキが食べるために、たいへんな苦労してそれを採取する人たちがいる。
マレーシアはボルネオ島、サンダカンの近くで、燕の巣が採れることで有名な、ゴマントン・ケーブという洞窟を見に行った。
野生のオランウータンも住むジャングルの一角にある洞窟。中に入るともちろん真っ暗で、頭の上を数千匹と思える鳥がピーピーいいながら飛び交っている。
燕だけではなく、コウモリもたくさん飛んでいる。
足元はフワフワとした不思議な感触。砂とも違う、草とも違う。
ガイドがライトで照らしたその足元は、燕のフンが数メートルの厚さに堆積したものだ。そしてその黒い堆積物の上でライトの光に浮かんだものは、無数のゴキブリと巨大なムカデ。
まさにインディアナ・ジョーンズの世界である。
洞窟を奥に進むと、50メートルくらいあろうか、はるか上のほうの天井に向かってやぐらが組まれ、縄ばしごがかけられていて、その上では数人の男が何か大声で声をかけながら燕の巣を採取している。
ガイドによると、毎年必ず、何人かは落ちて死ぬのだそうだ。
そんなことまで人にさせて燕の巣を食べようという人間は、まったくモノズキですね。
と思ったら、最近は燕が巣を作りそうな場所と形にコンクリートで建物を建て、階段で上り下りして安全に巣を採取する試みも始まっている。
食い道楽はちゃんと頭も使っているようである。
(2009年3月1日号掲載)
食い道楽の燕の巣
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