一時的現象か? 日本の鎖国ムード

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冷泉彰彦のアメリカの視点xニッポンの視点:米政治ジャーナリストの冷泉彰彦が、日米の政治や社会状況を独自の視点から鋭く分析! 日米の課題や私たち在米邦人の果たす役割について、わかりやすく解説する連載コラム

(2021年8月1日号掲載)

水際対策、オリンピック 広がる外国への拒否感

冷泉コラム_オリンピック

オリンピックのコロナ対策の一部は、日本人からも、選手団からも不満が出ている。

コロナ禍の影響で、日本社会は急速に「内向き」となっている。いや「内向き」などというマイルドな表現では足りない。一種の鎖国ムードに陥っていると言ってもいいだろう。まず、過剰なまでの水際作戦が止まらない。日本入国時に課せられる14日の自主隔離の運用は厳しくなる一方であるし、変異株流行地域に指定された地域の居住者は3日間の強制隔離がある。アメリカの場合は対象となる州が週単位で指定され、しかも頻繁に変更があるので混乱が免れない。
 
そんな中で、日本国籍者への入国拒否、出発地への強制送還という前代未聞のケースが続いている。日本国旅券(パスポート)には「日本国民である本旅券の所持人を通路故障なく旅行させ」るための「関係諸官への要請」が記してあった。けれども現在は日本国自身が「本旅券(日本パスポート)の所持人」の帰国を拒否しているのであるから驚きだ。戦争や大規模自然災害の場合に備えて、こうした行為は違憲だという判断を早く確立しておかねばならない。
 
もっとも、日本政府には悪意はないのであって、あくまで「島国の特質を生かした水際作戦」を主張する一部世論に引きずられた結果と考えられる。だが、問題は在外邦人の一時帰国が難しいだけではない。日本国籍以外の人の入国が非常に難しくなっている。留学生は全面拒否、日本に駐在する企業駐在員も、日本人の婚約者も原則拒否が続いている。もちろん、欧米や中国でも厳しい国境管理がされているのは事実だが、日本の場合は特に杓子定規で厳格である。文字通り「鎖国状態」と言ってもいいだろう。
 
この「鎖国ムード」の代表が、五輪をめぐる世論の動きだ。例えば、アメリカの視点からは、ワクチン接種が進まない日本国内よりも、全員接種が原則である五輪の選手団の方が「感染率は低い」という考え方もあり得る。だが、日本国内のムードは全く異なる。五輪に際して、大人数の外国人が入国すること自体に漠然とした「恐怖感」が広がっているのだ。「ワクチン接種・PCR検査陰性・14日の隔離期間終了」という3条件を備えた選手や報道陣までが「外国人は怖い」という目で見られている。東京のホテルでエレベーターを「外国人用」「日本人用」に区別していて批判がされたが、これもこうした「鎖国ムード」の結果だ。

日本の鎖国を解くきっかけはどこに?

では、こうした「鎖国ムード」は、今後長期化するのだろうか?
 
この点に関しては、意外とそうでもないという予想をしてみたい。長い日本の歴史を振り返ってみると、例えば幕末に攘夷論を唱えた志士たちがアッという間に開国に転じたように、また大戦後の国際社会復帰など、鎖国ムードというのは急速に転換するのが通例だからだ。鎖国と開国の間を行ったり来たりする変わり身の速さ、世論の振り幅にこそ島国の特徴があると言ってもよい。
 
日本ではほとんど知られていないが、コロナ禍で日本の国境が事実上閉鎖されている期間にも、アメリカでは日本文化のブームがさらに加速している。高齢層には日本式の「生きがい論」が、家庭向けには「片付け文化」、そして空前の「ラーメンブーム」に『鬼滅の刃』ブームと、アメリカから日本への文化的片思いは募るばかりだ。ということは、パンデミックが終息して国境が再開された場合には、恐らく空前の数の観光客が日本に殺到することとなろう。そうなれば、日本側でも棚上げしていたおもてなしの姿勢が瞬時に元通りとなるに違いない。そうした状況を見越して、京都ではホテルの新築ラッシュとなっているそうである。
 
いずれにしても事態が落ち着いたら、今回の異常な国境閉鎖については制度としての検証が必要だ。自国民の配偶者、婚約者ばかりか自国民すら締め出すという運用には一定の歯止めが必要であろう。在外投票権というのは、こうした問題について代表を送るためにあるとも言える。

冷泉彰彦

冷泉彰彦
れいぜい・あきひこ◎東京大学文学部卒業、コロンビア大学大学院卒業。福武書店、ベルリッツ・インターナショナル社、ラトガース大学講師を歴任後、プリンストン日本語学校高等部主任。メールマガジンJMMに「FROM911、USAレポート」、『Newsweek日本版』公式HPにブログを寄稿中
※このページは「ライトハウス・ロサンゼルス版 2021年8月1日」号掲載の情報を基に作成しています。最新の情報と異なる場合があります。あらかじめご了承ください。

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