危機感の薄い、皇位継承論議

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冷泉彰彦のアメリカの視点xニッポンの視点:米政治ジャーナリストの冷泉彰彦が、日米の政治や社会状況を独自の視点から鋭く分析! 日米の課題や私たち在米邦人の果たす役割について、わかりやすく解説する連載コラム

(2021年10月1日号掲載)

今も意見が割れるこれからの皇位継承

冷泉コラム_東京駅

新任の各国大使が天皇陛下に挨拶をする際は、東京駅貴賓玄関から馬車(車も可)で皇居に向かう。

皇位継承の議論が騒がしくなってきた。この点に関しては、在外の日本人・日系人は距離を置いて見られるという感覚もあるが、必ずしもそうではない。例えば、毎年、天皇誕生日には在米の大使館や総領事館では天皇皇后両陛下の写真を飾ってレセプションを開催し、現地の政財界要人を招待する。これは日本の外交が戦前の天皇の神格化といった保守的な考え方で運用されているからではない。憲法に規定された象徴天皇制という現在の制度に基づいて、日本国の統合を代表する象徴としての両陛下の存在は、顔の見える友邦としての国家イメージをアピールする中の重要な部分であるからだ。
 
反対に、米国から日本に駐在する特命全権大使の場合は、その信任状の奉呈のために馬車で宮中に参内するのが習慣である。これも日本が保守的な国だと主張するのが目的ではない。日本に着任した相手国の大使に対して最大限の敬意を払うための習慣であり、歴代の大使はこれを極めて厳粛に挙行し、その経験を生涯の誇りとしているようだ。在米日本人、日系人の生活と人生は、日米関係が順調であることが前提となっていることを思うと、象徴天皇制の持つ意味合いというのは日本国内に暮らす人々と同等に重い。
 
その皇位継承問題が揺れている。ひとつには現行の憲法と皇室典範に基づく皇位継承資格者が3名まで減ったということがある。この中で、皇位継承順位3位の常陸宮さまは今上陛下よりはるかに年長であるので、事実上の継承者は皇嗣殿下である秋篠宮さまとその長男である悠仁さまだけとなる。仮に悠仁さまが即位されて、男子が生まれないと現行法では皇統が断絶する。つまり天皇の座を継承する存在がいなくなって天皇制度は消滅してしまう。
 
そこで現在は、女性宮家を設けるとか、いやそれは女性天皇や女系天皇につながるとか、血縁は遠くても男系男子が良いとか、議論がまとまらない状況である。男系男子については、旧皇族、具体的には伏見宮系統または江戸時代に摂関家に臣籍降下した男系の子孫などを推す意見がある。とにかく、この問題は自民党の総裁選挙の争点にまで浮上しているのだから大変である。

日米友好に重要な皇室の存在

この問題だが、日本ではまだ時間的な余裕があると思われているようだ。少なくとも悠仁さまが成人、成婚する頃ぐらいまでに決めればいいという感覚だ。だが、私はこれには違和感を覚える。皇位継承者というのは、指名すればいいというものではない。天皇には天皇として求められるものがあり、これは能楽や日舞の家元のように子どもの頃から膨大な年月と時間をかけて習得する性質のものだからだ。
 
何よりもコミュニケーション能力が重要である。会談や行事においては、決められたスピーチを棒読みではなく、相手に感銘を与えるように読み、その上でプライベートな会話を完璧にこなさねばならない。例えば、2019年に当時のトランプ大統領夫妻を迎えた際に、即位したばかりの天皇皇后両陛下が展開した接遇のクオリティーは全く非の打ちどころがなかったという。そんな芸当ができるのは、日本の中で両陛下だけであるが、同時にそうした能力を獲得するために陛下は即位に至るまでの膨大な時間をかけて修行をされてきたのである。
 
アメリカでも、1975年の昭和天皇・香淳皇后による公式訪問、今の上皇さま・上皇后さまによる94年の公式訪問は大変に好評であったし、各地で大歓迎を受けた記憶は全米の日本人、日系人コミュニティーには残っている。同時に、このような訪問が失敗したらと考えると恐ろしくなるのも事実であり、徹底した教育訓練を経ないで即位というようなことは考えられない。
 
もっと言えば、皇位継承者には皇族や天皇としての役割に人生を捧げる「無私」の覚悟が必要であり、幼少期からその覚悟と向き合うべきだろう。そう考えると、皇位継承問題に残された時間はないと言える。この問題、在外の私たちにも全く他人事(ひとごと)ではない。

冷泉彰彦

冷泉彰彦
れいぜい・あきひこ◎東京大学文学部卒業、コロンビア大学大学院卒業。福武書店、ベルリッツ・インターナショナル社、ラトガース大学講師を歴任後、プリンストン日本語学校高等部主任。メールマガジンJMMに「FROM911、USAレポート」、『Newsweek日本版』公式HPにブログを寄稿中
※このページは「ライトハウス・ロサンゼルス版 2021年10月1日」号掲載の情報を基に作成しています。最新の情報と異なる場合があります。あらかじめご了承ください。

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